三浦海岸から徒歩1分、廃棄野菜と未利用魚を使った絶品料理
人生が80年だとすると、人間は「3食×365日×80年=8万7,600回」ほど食事の機会がある計算になります。ずいぶん多いように思えますが、私はすでに31歳なうえ、多くとも1日2食しか食べないので、3万5,770回しか残っていません。外食する機会に限定すればさらに回数は少なくなり、そこから旅先での食事に限ると、せいぜい100回、200回程度に減ってしまうでしょう。
こうやって数字を並べていくと、なんだか「旅先での食事」というのが非常に貴重な気がしてきます。だからこそ、なるべくおいしいものが食べたい。
その一方でサステナブルな旅を追及する身として、単においしいだけではなく、食事をすること自体が、自分以外の何かにポジティブな影響を与えられたらと思うのも事実です。だからこそサスタビ編集部で取材に行くときは、食べ残しをしないことはもちろん、地産地消の食材をメインにするレストランなどを選んでいます。
でも、そろそろサステナブルというものにもう一歩踏み込んだ食事体験がしたい。そんな中で見つけたのが、アップサイクルジャパンが運営する「もったいない食堂 三浦海岸店」でした。
あたたかみがあり、町に自然と馴染んだ外観
深い青色の三浦海岸を横目に歩ける、広々とした一本道。そこから少し入った場所に、太陽の光に照らされたまぶしい白い建物があります。お店の前で風にはためくのぼりと、かわいらしい書体の「ペンギン荘」という文字が目印です。
店員さんの素敵な笑顔で迎え入れられる
古民家を思わせる扉を開けると、ナチュラルなテイストのインテリアがお出迎え。店内での食事はもちろん、テイクアウトのお弁当も販売されています。マイ容器の持ち込みは50円、マイカップの持ち込みは20円オフになり、箸は10円で提供。容器を持っていない方には、生分解できる環境に配慮した容器に盛り付けて提供されます。
テイクアウト用のカップは、とうもろこしやじゃがいもなどに含まれるでんぷんが使われている、植物性のプラスチックカップです。紙コップは、サトウキビのしぼりかすからできた素材が使われています。紙容器の素材は竹パルプで、コンポストや水分・湿度条件の整った土壌で生分解されます。
この日、編集部メンバーはイートインで「干物定食」と「ミックスフライカレー」をいただきました。
味が素晴らしいだけでなく、見た目にもおいしそうな食事
干物定食はアジ、サバ、カマスから選べ、プラス200円で金目鯛も選べました。今回オーダーした金目鯛は、ふっくらした身にうまみがぎゅっとつまった逸品。
たくさん食べる方も大満足のボリューム
ミックスフライカレーは、ほどよくスパイスを感じるカレーと、カラッと上がった魚のフライで食べ応えも抜群。そして何より、どちらの定食にもついている副菜が絶品で、箸を伸ばす手が止まりません。
暑い一日にほっと一息つくのにぴったりなかき氷
こちらはイチゴを凍らせてそのまま削ったかき氷。コロナ禍で飲食店が軒並み閉店・時短営業となり、行き場をなくしてあわや廃棄となったイチゴが使用されています。素材の味がダイレクトに感じられ、ボリュームもたっぷりです。
食事もデザートも絶品で、思わず「東京にお店を出す予定はないのですか?」と質問してしまったほど。曜日やタイミングによっては50人以上が訪れる、三浦でも人気のお店です。
茅ヶ崎、葉山、三浦海岸の3店舗を運営
もったいない食堂の特徴は、一つ残らずすべてのメニューがおいしいことだけではありません。廃棄野菜や未利用魚など、本来であれば捨てられるはずだった食材を活用して料理を提供しています。
もともとお店が生まれたきっかけは、このお店を運営するアップサイクルジャパンの西村さんが、ある2つの事実を知ったことでした。1つ目は、日本では毎日、たくさんの野菜が廃棄されていること。特に慣行栽培の農家では、少しでも規格から外れると商品にはならず、味も栄養も遜色ない農作物が廃棄せざるを得ないという状態が当たり前です。こういった野菜を引き取ってくれる団体があったとしても、業務が忙しくどこかへ持っていくことができません。
2つ目は、フィンランドにあるノラというレストランについてです。そこでは有機栽培で育った地元の旬の食材が使われていますが、食材の40%は廃棄予定の野菜です。
日本でもノラのようなコンセプトの飲食店がないか探しましたが、当時そういったお店はありませんでした。それなら、廃棄される予定の野菜を使って、自分たちでお店を始めようとオープンしたのが、もったいない食堂です。
お店にはサステナブルな情報がつまった雑誌も
1店舗目は会社のある茅ヶ崎にて、キッチンカー形式でスタートしました。お店をはじめるにあたり、完全無農薬・不耕起栽培で野菜を育てる農家さんに話を聞いたところ、「無農薬農家は慣行栽培の農家に比べて廃棄が少ない」とのこと。しかしその後3人の無農薬農家さんに会いに行くと、まだ農家を始めたばかりで販路が確立しておらず、少なからず商品にならない野菜があるということで、取引がはじまりました。
茅ヶ崎のもったいない食堂をオープン後、葉山で料亭を経営する友人から、西村さんに「コロナ禍で顧客が減っている」という相談がありました。そこで、当時ちょうど朝食の需要が生まれていたこともあり、もったいない食堂が朝食メニューをプロデュース。近隣の農家から廃棄野菜を仕入れられることになりました。
また、もともと料亭で取引をしていた漁港に相談し、サイズが規格外、成長していない・成長しすぎているといった理由で出荷されない、未利用魚を活用したメニューも展開。この朝食をきっかけにお店にお客さんが戻り、かつての活気を取り戻しています。
葉山での成功の後、直営店を出店しようと検討していた西村さんが友人物件の相談をしたところ、その方が所有していた建物がお店にぴったりだということを発見。誰も利用していないガレージで非常に”もったいない”スペースでしたが、お店として生まれ変わり、現在ではもったいない食堂 三浦海岸店として多くの人でにぎわっています。
常に旬の味わいを楽しめるラインナップ
もったいない食堂では、当日までどんな野菜や魚が仕入れられるかわかりません。そのため、メニューは「干物定食」「刺身定食」など大まかに設定し、魚の種類など細かい点は毎日手書きしています。
日替わりのメニューはどれも魅力的で、思わず目移りしてしまうほど
メニューが定まらないことだけでなく、未利用魚を使うことにも難しさがあります。そもそも「脂がのっていないからスーパーなどで仕入れてもらえない」といった魚を扱うため、単に調理するだけではおいしくなりません。未熟な食材を絶品に変える技術が必要です。三浦海岸店では店長さんが一つひとつの食材を丁寧に処理し、素材の味を活かす味付けで一級品に仕上げています。
仕入れる食材が季節によって変化することも、特徴の一つです。取材当日は金目鯛、アジ、サバ、カマスというラインナップでしたが、秋にはサンマ、冬にはイサキやブリなどがメニューに並びます。
野菜も常に旬のものが食べられるので、もったいない食堂に通うことで季節の移り変わりを感じられます。お店を切り盛りする店長さんからは、「三浦はまぐろのイメージですが、他にもおいしいものはたくさんあります」と教えていただきました。
代表の西村さん(左)と、シェフを務める店長の安齋さん(右)
お店を訪れるお客さんの4割ほどは新規の方なので、旅人がふらっと入ってもすんなり馴染める雰囲気です。そして三浦は今、新陳代謝が進んでいるとのこと。空き店舗が生まれる一方、「ここで新しいことを始めたい!」とやってくる人も増えています。もったいない食堂でお腹を満たし、まさに芽吹きの時期にある三浦の町をあちこちとめぐってみてはいかがでしょうか。
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