「開拓主義」をのりこえる:「観光のまなざし」から考えるサステナブルな旅【後編】

【前編】では、観光研究において重要な書籍である『観光のまなざし』について触れたのち、著者のジョン・アーリが提示する「集合的まなざし」「ロマン主義的まなざし」について説明をしました。

「ロマン主義的まなざし」は観光の世界的拡大を支えてきた

しかし、この「ロマン主義的まなざし」には、致命的な落とし穴が潜んでいます。それを一言でいえば、「ロマン主義的まなざしはすぐに集合的まなざしに変化してしまう」ということです。

自分だけが知っている場所を訪れる旅。誰もいない観光地。そこで感じられる「浪漫」は、しかしひとたびメディアで紹介されると多くの人もまた「自分もそこに行きたい」と思ってしまいます。「自分もそこに行きたい」というまなざしはまさに「集合的まなざし」にほかなりません。メディアでは爆発的な情報拡散がありえますが、そうではなくとも、たとえば時間が経つにつれて少しずつその場所が(例えば口コミなどを通じて)有名になっていくことも考えられるでしょう。

その意味で、「ロマン主義的まなざし」は永遠ではありません。その場所についての情報を自分自身のうちに秘匿し、また同じくその場所を知る限られた人もまた秘匿に協力してくれるのであれば話は別ですが、そう上手くいくことは考えにくいですね。そもそも、もしその場所が宿泊施設のように観光をビジネスにしている場合は、「ロマン主義的まなざし」を徹底することと利益を維持することがしばしば矛盾してしまうこともあります。

紹介してきた『観光のまなざし』を著したジョン・アーリ(とヨーナス・ラースン)は、この「ロマン主義的まなざし」がじつは観光の展開を支えてきたメカニズムであると述べています。少し引用してみましょう。

ロマン主義というのは、大衆観光の萌芽にむしろ内包されていたもので、これが広がり一般化されてきたものなのだ。そして、それだけに、この主義者はこの効能を他人に布教しようとすればするほど、ますますロマン主義的まなざしを毀損していったのだ。「ロマン主義的ツーリストは、他人をも自分の宗教に改宗させようとして、墓穴を掘っているのだ」(Walter1982:301)。ロマン主義的まなざしは、観光を世界的規模に広げるのに一助あった重要なメカニズムではある。世俗から離れるとか孤独とかの対象になりそうな場所をロマン主義者が際限なく探し求め、これに応えるかのように、ほとんどの国はこのロマン主義的まなざしという土俵に引きずり込まれたのであった(アーリ・ラースン 2011:352p)

さらに、上の文章の直後、続けて次のように書いています。

最近で言えば、エコツーリズムの進展がある。人跡未踏の熱帯雨林とかグレート・バリア・リーフにある島に建てられた宿舎エコ・ロッジとかで、これは「環境的に善い趣味」を示そうとするものだ。場所についての競争関係はこのように、世界に広がる観光にとって強力な作用を及ぼしている(同上)。

ここでは2つのことが書かれています。まず第1に、ロマン主義的まなざしが観光産業を世界に広げる原動力のひとつになっていたこと。自分だけが知る秘境的な場所を人は探し求め、訪れる一方で、その場所を他者にも教えてあげたいという欲求も私たちには存在します。また他人がそんな秘境的な旅をし、良いところを訪れて満喫しているなら、自分も行ってみたいと周囲も思いますよね。その思いが、世界のあらゆるところに行きたいという旅人・観光者の欲求を育て上げると同時に、それを可能にするための産業やビジネスが整備されていったといえるでしょう。ロマン主義的まなざしの次の駅名は、集合的まなざしなのです。

第2に、ここではエコツーリズムがロマン主義的なまなざしのひとつに位置づけられていますね。「自然に優しい」とか「環境に善い」といった環境との関わり方は、そうではない環境との関わり方(=エコではない、環境への配慮が乏しい関わり方)との対比のなかで、価値を帯びているところがあります。そしてそのような「他と違う」観光や旅の仕方をしたいという人びとに向けた観光商品が、「人跡未踏」や「秘境」の場所に足を踏み入れていくという、とても皮肉の色を読み取ることのできる指摘でもあります。

「ロマン主義的まなざし」としての「サステナブルな旅」?

「サステナブルな旅をしたい」という思いや、オーバーツーリズムを回避するために著名・有名ではない場所に旅行に行きたいという思いは、「ロマン主義的まなざし」の内側にあることはおそらく否定できません。人が少ない場所、「まだ」発見されていない場所に行きたいという欲求や、環境とのより道徳的・精神的な関わりをしたいという自然志向的な思いとロマン主義的まなざしは近いです。

しかしロマン主義的まなざしが結局のところ集合的まなざしへと変化していくことを思い出すならば、「まだ有名ではない場所」はまさに文字通り「まだ」有名でないだけで、そのロマン主義的な旅・観光によって有名になってしまう可能性があるといえるでしょう。「人跡未踏」「秘境」「有名ではない場所」「人の少ない場所」が意識されればされるほど、そうした場所がその特徴を失っていくリスクも高まります。

「穴場」「隠れ場」といった言葉で雑誌やガイドブックに紹介される場所はまさに、ロマン主義的まなざしが集合的まなざしに置き換わる例であり、むしろ「ロマン」を売りにして集合的まなざしを獲得しようとする広告・販売戦略だというべきでしょう。「穴場」や「隠れ家スポット」はそのように雑誌で紹介された時点で集合的まなざしを向けられています。

このことを最も悲観的に捉えるならば、オーバーツーリズムを回避するために別の場所を探し出し、そこに旅することは、オーバーツーリズムのリスクが生じうる場所を増やすこと、あるいはその場所にオーバーツーリズムの種を持ち込むことでもある可能性もあるということになります。「サステナブルな旅」「秘境観光」「近場観光」にはつねに、集合的まなざしとその悪影響を呼び込むような危険性が内包されているということに、自覚的である必要があると思われます。

開拓主義を超えて

「自分だけが知っている場所に行きたい」「誰もいない場所に行きたい」「未踏の地を旅したい」「ローカルな場所を旅したい」。そうした欲求のことを敢えてここでは「開拓主義」と呼んでみたいと思います。英語にすると、フロンティアリズム(frontierism)あるいはパイオニアリズム(pioneerism)でしょうか。

そのような「開拓主義」的なモチベーションによってオーバーツーリズムの代替案や解決策が提示されることには、一定の留保がなされるべきだと考えられます。人跡未踏の場所や誰も知らない自分だけの場所を旅したいという思いは、旅人/観光者を「開拓者(pioneer)」に変えてしまう恐れがあります。開拓された場所に何が起こるのか。それはこれまで述べてきた言い方で言えば、ロマン主義的まなざしが集合的まなざしに変化することにほかなりません。

ロマン主義的まなざしが集合的まなざしに転嫁しやすいことを強く意識し、すこしでもその変化を遅くしようとすることに、意識を傾ける必要があるでしょう。もはやすべての場所が観光対象になりうるとしてもです。

ロマン主義的まなざしが集合的まなざしに変化することを促す、おそらく最も大きな要因はSNSやメディアにあるでしょう。バズる、「映え」が注目される、「穴場」として紹介される、これらは、ロマン主義的まなざしを一夜にして集合的まなざしに変化させるものです。

その急激な変化に耐え、対応していくことは、難しいはずです。そのような急激な変化を地域にもたらすことこそ、一番避けなければならないことだと思われます(以下の記事も参照ください)

たとえば、自分が旅で訪れた場所をSNSで紹介するときの仕方を立ち止まって考えてみるとか、地域や施設のキャパシティについて言及しておくなど、小さなことでもできることはあるはずです。「開拓者」ではなく「旅人」であり続けるために。

参考文献

アーリ・ジョン、ヨーナス・ラースン (2014)『観光のまなざし 増補改訂版』加太宏邦訳、法政大学出版局。

Walter, J. (1982) Social Limits to Tourism, Leisure Studies, 1: 295-304.

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