【前編】では、オーバーツーリズムの基礎知識や、これまで採られてきたオーバーツーリズム対策の現状について検討してきました。
現状、オーバーツーリズムに関する対策の多くは、①政策的な観点から、かつ②観光客を受け入れる側の視点から検討されてきた側面があるようにうかがえます。つまり問われてきたのは、条約や地方行政レベルの対応、あるいは、各自治体・コミュニティによる観光者の受け入れ態勢の整備の問題であり、観光者をいかにマネジメントするかという問題だったのです。
しかし、そうした受け入れ側の対応だけでなく、旅する側である旅人ひとりひとりにも何かできることがあるはずだと思います。行政や観光者受け入れ側の努力に、さらに旅人/観光者の実践も加われば、状況はぐっと改善に近づくのではないでしょうか。
そこで今回の記事では、オーバーツーリズム対策のために旅人ができること、できそうなことについて、いくつかアイデアを出しながら、読者のみなさんと一緒に考えていきたいと思います。
キャパシティをめぐる2つの「捉えどころのなさ」
前編のなかで、観光地が受け入れることのできる観光者の最大人数=キャパシティの問題について触れました。
UNWTO(国連世界観光機関)は観光における環境収容力(tourism’s carrying capacity)と呼んでいますが、それは「物理的、経済的、社会的文化的な環境の破壊や、観光客満足度の許容できないレベルの低下を引き起こすことなく、観光地を同時に訪れることができる、観光客の最大人数」を指しています(UNWTO, 2018:3)。
これ自体はとてもわかりやすく、そして重要な指標だと思います。他方で、実際に旅をする旅人の目線で考えてみたらどうでしょう……
キャパシティがあることはわかる。けれど、今から行こうと思っている場所は果たして何人が最大人数なの? そもそも、何人まで行けるか、そして今まさに何人の観光者がそこに居るのかなんて、わかりっこない!
少なくとも私は、そんなことを考えてしまうかもしれません。
そしておそらく、「○○地域のキャパシティ=△△人」と明確に数値化することも難しいのだと考えられます。たとえば同じ100人の来訪者でも、全員が自家用車で来訪した場合と、一定数が公共交通機関で来訪した場合とでは状況は変わってしまうでしょう。来訪者も多様であり、国籍や言語も違えば、旅の目的すら様々であるはずで、したがって厳密な人数としてキャパシティを指標化することの有効性や意義については、さらなる議論が待たれることと思います。
つまり、観光地のキャパシティを考えると、旅人は2つの「捉えどころのなさ」に直面してしまうのです。それは、
- キャパシティという存在自体が変化の中にあり掴みどころがないこと
- 旅人は今現在その場所にどれだけの観光者が集まっているのかをリアルタイムで把握することができない(難しい)こと
こうした点で、どれだけオーバーツーリズムの対策としてキャパシティが強調されても、実際に旅をする個々の旅人にとってはあまり「ピンとこない」可能性があるのです。
歴史や文化に加えて、観光政策や取り組みについても調べてみる
ではどうするか。なかなか難しいというのが現状です。しかし、できることはきっとあります。
たとえば、旅の目的地がある市町村、県の観光課(観光振興課)やDMOのこれまでの取り組みを調べてみたり、目的地の名前で新聞記事を調べてみるというのはどうでしょうか。
オススメスポットばかりが紹介されているガイドブックとは異なり、そこからはその地域の観光との向き合い方を知ることができます。その場所がこれまで直面してきた観光関連の課題や、それに対する対策について知ることができ、ひいてはその地域がどのような旅人を求めているのか、旅人にはどのような旅をしてほしいのか、といったことが読み取れる可能性があります。
旅に行く前に、その場所についての理解を深めるために社会背景や歴史、文化を事前にチェックする(サステナブルな)旅人は少なくないと思います。そこからもう一歩だけ調べを深め、地域の観光との向き合い方やこれまで観光が原因で生じてきた課題を知ることによって、旅人は地域と同じ方向を向くことができる……そんなサステナブルな旅の可能性を感じることができます。
「映え」に飛びつかない
もうひとつ考えておきたいのは、「バズり」や「映え」と呼ばれる現象に旅人がどう向き合うかという問題です。
じつは、「バズり」や「映え」はオーバーツーリズムと密接にかかわっています。SNSが浸透しているこんにち、私たちはいつ自分が「バズる」かわからない状況に生きています。なにげない「つぶやき」や投稿が思わぬ規模で拡散されたり、「炎上」してしまったりすることが頻繁に生じています。
それは、地域や施設もまた同様です。昨日まで何でもなかった場所が、ひとつの「バズり」によって突如として観光者の人気スポットになる。1枚の「映え」の写真が大量の観光者や写真撮影者を呼び寄せる…そのようにして受け入れ側に予想外な形で、準備態勢が整わないうちに大量の観光者が押し寄せた場合に、オーバーツーリズムは生じるのです(もちろん、「バズり」や「映え」は観光地側によって戦略的に取り組まれている場合も少なくありませんが、その点はまた別の機会で議論したいと思います)。
以上を踏まえれば、旅の経験や情報をSNSでシェアする側も、そしてシェアされた投稿を読み取る側も、それぞれ注意すべきことがきっとあるように思います。いまや旅には欠かせないSNSですが、その扱い方をいまいちど考え直すことも必要かもしれません。
たとえば旅の経験をSNSに投稿するときは、
- 紹介される施設のキャパシティなどを考慮した投稿を考える(この場合の「キャパシティ」は、あなた自身の主観的なものでも構わないと思います。あるいは、施設や地域の人びとの観光との向き合い方を理解することによって、見えてくるのかもしれません)
- サステナビリティや観光者の分散に配慮したメッセージを添えてみる
- 「映え」で地域を切り取らない(眼前に広がる美しい景色を、どう表現してゆくか。これはこれからの旅人に課せられた新しい問いかもしれませんね)
SNSで他人の旅の経験や情報を見る側としては、
- 「映え」に条件反射的に飛びつかない
- 行く前に地域のこと(地域の観光との向き合い方)を調べる
- すでに他の観光者が押し寄せている状況がないか、ニュースやSNSで情報収集をする
といったことを一歩立ち止まって考えてみるだけで、状況は変わりうるように思います。
これらはSNS時代の旅のリテラシーと呼べるのかもしれません。よりよくシェアし、よりよく旅をしていくために、SNSの使い方、読み取り方を再考する。自分の旅の表現の仕方、計画の仕方を考えなおす。そのような角度からサステナブルな旅人を模索してみることも重要ですね。
オーバーツーリズムの予防や改善のために、ひとりひとりの旅人になにができるか。引き続き考えていきましょう。
参考文献
- UNWTO (2018). ‘Overtourism’? – Understanding and Managing Urban Tourism Growth beyond Perceptions. Madrid, Spain.
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