お土産と観光
旅や観光と切っても切れない「お土産」。「帰りがけにお土産を選ぶ時間が一番楽しい」「お土産探しこそ旅の醍醐味」という方も少なくないのではないでしょうか。
訪れた地域の名物や名産品、お菓子やお酒、それから地域の有名なスポットやキャラクターが描かれた作品まで、売り場にはたくさんのお土産が並びます。「あの人には何をあげよう」「職場へのお土産はどうしよう」「自分用に何かないかな」。お土産の売り場では、考えるべきことがたくさんあってついつい長居してしまうことも。
今回の記事では、この「お土産」について解説します。お土産はとても身近なものですが、じつは観光学において注目を集めている重要な研究対象でもあり、奥深い世界が広がっているのです。
スーベニア
お土産のことを、英語で「スーベニア(souvenir)」と書きます。これはフランス語を語源としており、もともとその意味は「思い出」や「記憶」を指す言葉でした。
日本では「おみやげ」というと大きく2つの種類があります。まず、観光地などに行った記念に自分や誰かに買って帰るお土産。「観光土産」ですね。それに加えて、どこかへ行く際にそこで会う他者に贈る「手土産」としても存在しています。観光土産の場合、お土産を買うのは観光地や旅先ですね。それに対して手土産の場合は、自分の住む地域の名産品やお菓子などを選ぶことが多いと思います。
旅の記憶を持ち帰るもの
お土産には、どのような「意味」があるのでしょうか。
それは、「旅の記憶を持ち帰るもの」「旅の記憶を誰かに伝えるもの」としての意味や機能を持っていると考えられています。前者は、旅の「思い出」や「記憶」という「スーベニア」としての意味に関わっており、他方で後者は、旅に行ってきたことを他者に証明したり、その記憶を贈答したりする「ギフト」としての意味が備わっています。「記憶」として持ち帰るものであると同時に、それを(自分も含めた)誰かに渡す「贈り物」でもあるのが、お土産の特徴です。
贈り物としてのお土産を選ぶとき、悩む人も少なくないと思います。贈る人やその人数、シチュエーションに応じて、お土産物の選び方は変わります。「定番」にするか、すこし「コア」な珍しいものにするか。「小分け」になっているかどうか。食べ物にするか否か。持って帰るためのカバンの余裕がどの程度あるかによっても判断基準は変わります。お土産物を選ぶとき、じつは私たちは数多くのことを考慮し、判断していると言ってもいいかもしれません。
観光研究のなかでは、ギフトとしてのお土産物が分類されることもあります。たとえば、「とりあえずこれを選んでおけば問題ないだろう」と思われるような、「無難型」のお土産。それから、「誰に渡すか」という点で判断の対象になる「対象考慮型」。加えて、自分とその人の関係性や立場に応じて判断される「関係考慮型」のお土産などです(前田 2005)。
たとえば、観光地の有名なスポットやキャラクターがパッケージに描かれている、手軽に消費できるお菓子である、値段もはらず、小分けで配りやすい、といった特徴を備えたお菓子などは「無難型」としてよく選ばれると思います。
他方、渡す相手が、その観光地にとても詳しい人だったらどうでしょうか。そのような「定番」のお土産だと面白みに欠けてしまうのではないか、なにかもっと珍しい、その人が驚くようなものはないかと探したくならないでしょうか。そうしたニーズに関係するのが「対象考慮型」の一例といえるでしょう。また「関係考慮型」の場合は、たとえば「家族に贈るお土産はとくに気を遣わなくてもいいけど、職場にはいろいろ気を遣う」といった経験をしたことがある人は、それが近い経験かもしれません。
お土産売り場をよく観察すると、そうした様々なシチュエーションに対応できるようなさまざまなお土産のヴァリエーションが準備されていることが見えてきます。なおそのように多様化するお土産の展開は、日本の交通インフラの整備・展開と深く結びついています(鈴木 2013)。鉄道が開通したことで移動が高速化し、冷蔵や冷凍の食品をお土産として持ち帰ることができるようになったことなど、お土産物の歴史と観光や移動の歴史にはじつは密接なつながりがあります。
旅の証明
さきほど、パッケージに観光地の名前や著名なスポットが描かれたお菓子が無難型に当てはまるということを書きました。そうしたいわゆる「典型的なお土産」には、たんに「配りやすい」「渡しやすい」といった特徴に加えて、それが「私がその場所に確かに行ってきたことの証明」になるという意味も備わっているのです。
そうしたお土産物の多くは、規格化され、大量生産されているものです。また後に述べますが、じつはそのお土産物の「中身」となるクッキーやチョコレートなどの品物はその観光地で製造されておらず、別の場所で大量生産されている、といったケースは少なくありません。それゆえに、お土産物売り場で入口などの目立つところに大量に積まれているそれらの典型的なお土産は、たとえばその地域の工芸品などといった他のお土産と比較して相対的に「安っぽい」とか「価値が低い」などと評されてしまうこともあります。
その評価は脇に置くとして、しかしながらそうしたお土産には、「わかりやすさ」というメリットや機能があることも事実です。お土産を配るとき、すぐに「自分がそこに行ってきたこと」が伝わりますし、その「わかりやすさ」ゆえに会話が広がるということもありそうです。「わかりやすい」ものや、ちょっと「遊び心」のあるパッケージのお土産を「敢えて選ぶ」というシチュエーションもあるでしょう。ちなみにみうらじゅん氏は、貰っても邪魔になったり嬉しくなかったりする(だけど魅力があり、買ってしまう、貰ってしまう)お土産物を「いやげもの」と称していることはよく知られていますね(みうら 2005)。
観光研究において、観光地の「本物らしさ」のことを「真正性」という言葉で表現することがあるのですが、(もしかしたら別の場所で)大量生産されたパッケージ型のお土産は、観光地の文化や伝統などの表象としては「真正性」に欠けると思われがちですが、「確かにその場所を自分が訪れた」という旅の経験の「真正性」を帯びている側面もあるということですね。このように、お土産物における意味や機能、その「本物らしさ」はじつに複雑なものとなっています。
なお、旅の証明としてのお土産物の意味は、じつは土産の由来や起源とも深く関わっています。お土産の起源にはいくつか説が提唱されていますが、寺社仏閣への参詣と深く結びついてきたことが指摘されています。寺社仏閣を参拝した証を家族などに示すために、神札など寺社仏閣から配られた「授かりもの」を家まで持ち帰ったといい、そしてその「授かりもの」が「宮笥(みやけ)」と呼ばれることから由来しているとされます(神崎 1997)。
お土産と「ものがたり」
お土産を誰かに配るとき、多くの方が、思い出や経験談を一緒に話します。「○○に行ってきたんです」といった報告をしたり、そのお土産について説明をしたりしながら、お土産物を配り、談笑するといったプロセスがお土産物のギフトにおいて発生します。お土産物と、その思い出の「ものがたり」はセットであることがほとんどだといえます。
観光の記憶や経験を誰かに語り、それについて談笑したり承認されたりすることは、その観光経験をいっそう価値あるもの・真正なものにしてくれます。観光や旅において、その後にその経験を「語る」「誰かに伝える」という行為は非常に重要な要素となっていて、たとえば「写真をSNSにシェアする」といった行為もその一環として理解することが可能です。
その点を踏まえたとき、お土産物は、観光経験の「ものがたり」を引き出したり豊かにしたりする重要な存在でもあることが見えてきます。文化人類学者・観光研究者である橋本和也は次のように述べています。みやげものとは、
「帰宅後観光経験をものがたる「よすが」であり、観光経験をその内に「凍結」するものである。「凍結」され内に秘められた観光経験は、後に「ものがたり」を通じて「解凍」」(橋本 2011)される。
観光の思い出や風景の記憶を保存してくれるもの、あるいは思い出させてくれるものとしての観光土産。それは、観光地で撮影する写真や、じっさいに何かを体験してみることと同じように観光や旅の思い出と結びついており、ギフトとして配られる過程でその思い出も「ものがたられる」のですね。
じつは奥が深いお土産物の世界。みなさんもお土産物を選ぶとき、いちど客観的に、お土産物売り場にどのような種類のお土産物があるか、どのような特徴があるのか、パッケージには何が描かれているのか、置き場所にはどのような工夫があるのか、といった点を分析してみると意外な発見があるかもしれません。
サスタビでは、お土産物を選ぶ際には地域の産品を積極的に選ぶことを「サスタビ20ヶ条」のなかで提案しています。配る相手やシチュエーションにもよりますが、お土産物はそれを買うことで地域を応援したり経済的な貢献をしたりする手段でもあり、地産地消を意識した消費が重要となる場合が多いものです。それについては以下のページもぜひご覧ください。
サスタビ20ヶ条17:お土産は地元で作られたものを購入しよう
参考文献
- 神崎宣武(1997)『おみやげ――贈答と旅の日本文化』青弓社。
- 鈴木勇一郎(2013)『おみやげと鉄道――名物で語る日本近代史』講談社。
- 橋本和也(2011)『観光経験の人類学――みやげ物とガイドの「ものがたり」をめぐって』世界思想社。
- 前田勇(2005)「観光と土産品」総合観光学会編『観光の新たな潮流』同文館、175-189。
- みうらじゅん(2005)『いやげ物』筑摩書房。
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