手段としての観光? もうひとつのワーケーションの可能性【前編】

働くこと、遊ぶこと、生きること

こんにちでは広く知られている、ワーケーション(workcation/worcation)。みなさんはワーケーションをしたことはありますか?

「パソコンと電源さえあれば仕事ができる」。そんな仕事は増えているように思います。そしてここ数年におけるテレワークの急拡大は、地理的・空間的な制約から仕事が切り離されていくプロセスとして理解できるでしょう。”働き方”をめぐる時空間の変容です。

こんにちと比較する限りにおいて、かつての「仕事」「労働」という活動の領域は明確なものだったかもしれません。仕事は会社でするもの、何時から何時までするもの、というように時間と空間が比較的明確に定められていました。つまり「職場」というハッキリとした労働の時空間があったのです(もちろん、もともと時空間の概念と離れて存在していた仕事/労働もあります。また、たとえば「家事」をどう捉えるかといった問題もあります)。

こうして労働と余暇を区別するのはいわゆる近代的なものの考え方の特徴であり、それは労働とは異なるものとしての余暇と、その時間の過ごし方としての観光の成立に深く関わっています。観光が近代に特有の現象であると言われる所以は、そのあたりにあります。

そうして仕事や労働が場所や時間から解き放たれ、仕事・労働としての独立性がぼやけてくると、当然それらは他の領域と混ざり合っていきます。たとえば日常と労働が結びついて、いま私たちは「夜なのにテレワークしなければならない…」と嘆いています。そしてかつては労働や仕事とは離れた位置にあったとされる「遊び」と結びついて生じてきたのがワーケーションなのでしょう(そう考えると、私たちはワーケーションを喜んで受け入れているのか、それとも「旅行に行ってまで仕事から解放されない」という気持ちで否応なく受け入れているのか、よくわからなくなってきますね……)。

仕事の時空間の変容は、仕事の経験(=どう働くか)そのものまで変容させつつあります。

なぜここまで“働くこと”が私たちの主要な関心事となっているのか」という問いからワーケーションを考えることも可能です。2000年代以降の労働力不足の問題や、仕事における男女共同参画の文脈などを背景として、働き方について考えることが生活の仕方や“生き方”を考えることと重なり合ってきており、そのことが当たり前になってきているような印象があります。ワーケーションを考えるうえでは、働くことと生きることをめぐる昨今の社会的な認識の変化もまた無視できないでしょう。

さて、そうした小難しい話はここまでとしておき、今回の記事ではこのワーケーションについて基本的な理解を深めつつ、これまでは語られてこなかった「もうひとつのワーケーション」とそのサステナブルな可能性について考えてみたいと思います。

ワーケーションはもともと否定的に議論されていた!?

ワーケーションの概念は、2000年ごろに欧米から発せられてきたと言われています。しかし欧米におけるワーケーションの議論は、仕事と余暇の概念が混ざり合うことへの懸念や否定的見解が主導的でした。これは日本におけるワーケーションのプロモーションをみるに、意外に思われる方が多いと思います。

Brigitta Pecsekという研究者が著した「休日に働くこと(Working on holiday)」という論文では、かつては「8時間睡眠、8時間労働、8時間余暇」であった近代的な1日の生活区分が、情報通信技術の展開によってあいまいになっているといいます。そして、300名をこえる調査対象者の分析から、ワーケーションによる仕事と余暇の合体が、仕事と余暇両方の楽しみや効率を損なう可能性があると指摘しました(Pecsek 2018)。

楽しむにも楽しみきれず、仕事をするにも集中しきれず、ということで結局それぞれを別々に実施した方がストレスが少ない。そう言われると、確かにそのような気もしてきます。

日本におけるワーケーション:欧米と異なる意味合い

それに対して日本におけるワーケーションは、欧米圏よりもやや肯定的に議論されてきました。ワーケーションには地域社会、地域の関連事業者、ワーケーションをする個人、ワーケーションを市場で売る企業という4者を結びつけ、経済的・社会的な地域活性化につながるという期待が込められているのです(田中・石山 2020)。

欧米圏におけるワーケーションの議論は、観光と仕事それぞれの効率性について、すなわちワーケーションを行う個人の問題に注目していたのに対して、日本におけるワーケーションは地域活性化や関係人口の増加など「地域づくり」という幅広い文脈で議論されてきたといいます(田中・石山2020)。

そもそもこれまでは仕事をする場所は日々通う「職場」あるいは自宅であり、生活圏ではない地域に足を運ぶ機会は出張に限られていたかと思います。仕事の文脈で地域に移動し、そこでお金を落としたり地域の人びとと交流したりする機会は、その選択肢すら無かったのです。ワーケーションは、たとえ仕事が目的であっても「どこかの地域に行く」という選択肢を可能にしたといえます。

地域側から見れば、これまでは観光・出張に限られていた来訪者による経済的・社会的メリットが、仕事においても見込めるようになったということですね。

そうしたことから、ワーケーションは地域との関わり方をめぐる多様な選択肢のひとつとして、サステナブルな地域社会づくりのひとつの手段だと考えられそうです。また言うまでもないですが、旅において気を付けるべきこと、守るべきマナーはワーケーションにおいても意識されなければなりません。そのうえで、旅であれ観光であれ仕事であれ、どこかの地域や施設を訪れた際には、なにか自分にできそうなサステナブルな取り組みを探してみること、実践してみることが大切だと言えるかもしれません。

次回の記事では、この点について、もう少し深堀りしてみたいと思います。次回のポイントは、ワーケーションはその目的をハッキリと切り分けることができない(旅でもあり仕事でもある)という点です。ここから、これまでの旅の目的のあり方、そして「もうひとつのワーケーション」の可能性について検討します。

【参考文献】

田中敦・石山恒貴(2020)「日本型ワーケーションの効果と課題――定義と分類、およびステークホルダーへの影響」『日本国際観光学会論文集』(27):113-122.

Pecsek, Brigitta (2018). “Working on holiday: The theory and practice of workcation.” Balkans Journal of Emerging Trends in Social Sciences. 1:1-13.

 

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