MaaS:Mobility as a Service
Maas(マース)という言葉が近年では非常に注目を浴びています。今回は、この言葉の意味や、その重要性について確認してみましょう。
これからの観光や旅、そして日々の移動に深く関わってくると思われるMaaSには、サステナブルな旅へのヒントがつまっています。
移動の一括化
MaaSの定義は、「スマホアプリにより、地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスであり、観光や医療等の目的地における交通以外のサービス等との連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となるもの」。この定義は国土交通省によるものです。
MaaS以前では、様々な交通機関の時刻表や予約サイトを自分自身でそれぞれ調べ、個別に予約を行うことが一般的でした。現地到着時間から逆算して、目的地からその最寄り駅までのバスの時刻表を調べ、それに合わせた新幹線を予約し、その新幹線に間に合うように在来線の時間を調べる……乗り換えの時間を加味したり、不慣れな地域の公共交通機関を調べたりすることは意外と大変です。
もしスマホひとつで、そしてひとつのアプリ上でそれらを一括して調べたり予約したりできるようになるとしたら、とても便利ですよね。乗り換え時間なども考慮され、また自分では発見しにくい現地の移動手段の選択肢も見つけられる。そのようなことの実現を目指すのがMaaSなのです。
スマートモビリティチャレンジに取り組む市町村・地域
近年ではさらに取り組みも進展し、国と地域、そして企業の連携によるMaaSの発展型「スマートモビリティチャレンジ」も進められています。
これは、「地域と企業が手を取り合った挑戦を促すため、2019年に経済産業省と国土交通省の協働で立ち上げたプロジェクト」であり、以下の4つのコンセプトのもと地域の移動課題改善と経済活性化が目指されています。
- 地域社会における公共交通を便利に
- ITのちからで地域交通の維持
- ヒトもモノもサービスも運ぶ車
- 自動走行技術をもっと身近に
この「スマートモビリティチャレンジ」では、新しいモビリティサービスの社会実装に挑戦する地域側の提案に対する支援がなされます。経済産業省・国土交通省により、2022年度では、北海道江差町や埼玉県入間市、長野県塩尻市、三重県菰野町など、17の市町村・地域がチャレンジ支援対象に選定されています。
スマートモビリティチャレンジのHPから、選定地域それぞれの取り組み案・事業計画の詳細を見ることができます(令和3年度以前のものも見ることができます)。
移動・流通を軸としたさまざまな業種連携
MaaSは、単に複数種類の移動・交通手段をまとめて検索・予約できるだけのものではありません。地域/都市住民の日常生活の移動や、観光客の移動に加えて、たとえば医療・福祉の分野や、ロジスティクス(物流)の分野との連携も目指されています。
人やモノ、情報などの「移動・流通」は、多くの業種・分野が深く関わっているはずですよね。今日では、地域活性化やさまざまな社会的問題に対して、「人や物の移動」に関わるアプローチから新展開を目指す動きが始まっているのです。
スマートツーリズム
いうまでもなく、観光にもMaaSは深く関わっています。情報通信技術(ICT)およびデジタル・メディアと観光が結びついた「スマートツーリズム」の展開は今日において著しいです。
観光や旅の情報は、かつてはガイドブックや地図といった「モノ」としてのメディアから得ることが中心でしたが、今日ではSNSやブログ、口コミといったインターネットで情報を探すことが一般的になりつつあります(cf. 遠藤英樹 2019:46-47)
デジタルメディアさえあれば、知りたい情報を即時に知ることができます。また、ICTの大きな魅力として、情報を「リアルタイム」で逐一更新することができる点も重要です。たとえば電車が遅れたときに運行情報が即座にモバイル・メディアに反映される。現在の施設の混雑状況をリアルタイムに把握することができる。そうしたことが、スマートフォンひとつでできるようになってきました。
持続可能な観光にも、この技術は活用されています。デジタル技術によって混雑状況を可視化させ、人の動きを変化させることができれば、オーバーツーリズムなどの現象を回避・低減できる可能性が高まります。また、観光者や旅人が、必要な情報に適切に、かつ簡単にアクセスできるようになれば、たとえば「サステナブルな交通手段を選びたい」といったときに、リアルタイムで活用可能な選択肢を見つけ出すことが容易になるでしょう。
以前の記事で紹介した「マイクロモビリティ」も深く関わっています。
移動を一括したサービスにまとめあげ、「最適」な移動を提供可能にするMaaSは、こうしたICTやデジタル技術の展開と深く結びついています。
「かっこいい旅」とスマートさ、そして「旅らしさ」
それでは、旅人は、そうした技術の展開といかに向き合っていくことができるでしょうか。
ここまで見てきたように、旅や観光における移動は、徐々に「最適化」される方向性へと展開を見せているかもしれません。最適化とはすなわち、「無駄」や「余白」、「低効率なもの」の排除/低減ともいえます。もしかすると、その動きにどこか「寂しさ」のようなものを感じてしまう人も少なくないのではないでしょうか。
旅程や移動手段、宿泊先をデバイス片手に「スマートに」渡り歩いていく旅人。その姿から、バックパックと紙の地図を持って異国を放浪する≪旅人≫のようなイメージとはかけ離れた「スマートさ」を想起してしまうこともあるかもしれません。
しかし、「便利さ/不便さ」のいずれかをきっぱり選び、もう片方を捨て去る必要はないでしょう。自身の旅において、どの要素を「最適化」させ、またどの要素では「不便さ」を味わうかといったことは、自由に選ぶことができるはずです。
むしろ、そのように自身の目の前にある「選択肢」をうまく選びとっていくことが、これからの旅の「スマートさ」なのかもしれません(ネットショッピングやSNS広告に登場する「あなたへのおすすめ」を想起してみると、デジタルメディアやICT技術が本当に私たちの「選択肢」を増やしているのかどうか、という点は議論の余地が残されていることがわかります)。持続可能な社会の実現に資する、サステナブルな旅とはどのようなものなのか。その実現に向けて、ICTやデジタル技術をどこに、どのように組み込んでいくと良いのか。さらなる議論が待たれます。
旅人としても、考えられることはたくさんあります。「不便さや、ちょっとしたひと手間」によって達成できるサステナブルな実践もあれば、ICT技術による最適化された「便利さや、手間の排除」によって達成できるサステナブルな実践もあるのでしょう。旅とは何か。どのような旅をすれば「旅人」になれるのか。旅の「旅らしさ」って何?……近年のICTやデジタル技術の展開は、そうした事柄を今一度考え直すきっかけを与えてくれています。
旅と「サステナブル」、そして「スマートさ」。これらをいかに組み合わせていくことができるか。これからも考えていきたいですね。
参考文献・HP
遠藤英樹(2019)「ポストモダン以降の観光」遠藤英樹ほか編『現代観光学――ツーリズムから「いま」がみえる』新曜社、pp.42-50。
国土交通省「日本版MaaSの推進」(https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/japanmaas/promotion/index.html)
経済産業省・国土交通省「SmartMobility Challenge」(https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/japanmaas/promotion/index.html)
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