地域住民の視点に立って旅をしよう:観光の「表舞台」と「舞台裏」

「生活観光」

生活観光という旅/観光をご存知でしょうか。

これは、地域の生活や慣習に触れる旅のありかたであり、旅や観光をつうじて地域住民と訪客が手をとり合い、地域の生活や暮らしをともに育てていこうとする考えのもと行われる観光形態と言えるものです。根幹には、地域住民と観光客の対話や相互理解の考えがあります。

典型的ないわゆる「観光地」や宿泊施設の内側で完結した旅/観光をするのではなく、地域についてより深く知ろうとしたり、コミュニティに積極的に関わろうとしたりする旅。そのような旅や観光の仕方に魅力を感じる方も増えてきています。

サスタビ20ヶ条でも、以下のような項目が近しいですね。

  • 02 人気の場所以外の新しい見どころを発見しよう
  • 03 事前に旅先の歴史・文化をしらべておこう
  • 04 徒歩・自転車で、ゆっくり旅先の土地を楽しもう
  • 12 地域の文化活動に参加してみよう

「生活」を観る/観せることの緊張感

他方で、「では、今からみなさんの生活をみせてください」と突然やってきた観光客や旅人に声をかけられたら、びっくりしてしまいますよね。

地域の生活や暮らしを観る旅と表現するとなんだか魅力のある響きがありますが、自分の生活や日々の暮らしが他者に覗かれると捉えると印象が全く変わるはずです。「生活」や「暮らし」といったものに対して「観光のまなざし」が向けられるとき、その観光は、じつは上に述べたような緊張感を帯びているということに注意が必要かもしれません。今回の記事ではこのことについて考えたいと思います。

(再)発見されてきた路地裏・小路・「生活感」

著名な観光地。観光客向けの商店やお土産屋、飲食店が立ち並ぶメインストリートにて、観光客たちが食べ歩きや写真撮影にいそしんでいる。すれ違う人とぶつからないようにすること、手に持っている飲み物や食べ物、カメラやスマホを落としてしまわないようにすることに常に注意を払いながら、「観るべきものはないか」「食べるべきものはないか」と感覚を尖らせる。「あまり食べ過ぎたら、満腹で夜のご馳走が食べられないかもしれない」「お風呂は何時から入るんだっけ」……そのような一抹の不安も抱きながら。

そんな「ありふれた」観光のスナップから一歩離れ、少しわき道にそれてみる。

さっきまでの騒がしさが嘘のように遠のき、小鳥の鳴き声や木々の揺らぐ音がしてくる。住宅街。さきほどまでの混雑は消え、私しか歩いていない。スイーツや揚げ物の匂いではなく、しょうゆとみりんと酒と砂糖の煮物の香りが漂ってくる。窓からはテレビの音声。どこか近くに公園でもあるのか、子供たちの声が遠くで聞こえる。目に入るのは、植木鉢や洗濯物、自転車、表札と玄関、空、空き地、政党ポスター、町内掲示板にゴミ捨て場。「近くに隠れ家的なカフェもあるかもしれない……」。

そのような景色が観光的な商店街や表通りのすぐそばに広がっていることを、私たちは知っています。そしてふとした安心感や落ち着きを得たり、「何かその観光地について、より深く知れた感覚」をおぼえたりしてきたことでしょう。

路地裏に広がる景色や空気感、いわゆる「生活感」なるものを、私たちは旅や観光をつうじて発見してきたといえます。そして、それらはより直接的に、観光的な魅力として再発見されてきたのです。

コインの裏表

そうしたどこか魅力のある「生活感」は、その地域に暮らす人びとの視点にたつとき、全く異なる様相を呈することになります。

自分の家や軒先の洗濯物、庭をまじまじと見られ、夕食や暮らしぶりを想像され、ともすれば写真に撮られてしまうと考えてみると、どうでしょうか。他者の生活を観光対象にすること、「観光のまなざし」の対象に位置づけることには、そのような問題性がつねに絡むのです。

「表舞台」と「裏舞台」

観光研究において著名な議論のひとつに、観光の場は「表舞台」と「裏舞台」によって構成されている、というものがあります。ディーン・マキァーネルという研究者の指摘です(マキァーネル、2012)。

観光客が楽しむ「表舞台」とは、いわば観光施設や観光商店街など、まさに観光客向けに作られた空間や場所のことです。他方で、観光客や旅人は、そうして「用意された空間」だけでは満足することができず、しばしばその地の「本物」にまで足を踏み込みたいという欲求に駆られます。そこでの「本物」は、表舞台には存在しないものであり、その舞台の裏に隠されています。

その地域の「生活」とは、まさに「舞台裏」に存在する「本物」として位置づけられてきました。しかし、旅人が勝手に生活の空間にまで入ってきてしまうと、地域と観光客とのあいだで摩擦や軋轢が生じてしまいます。そのために用意されるのが「演出された舞台裏」です。

わかりやすい例として工場見学を挙げてみましょう。普段は入ることのできない工場で開催される工場見学ツアーは、これまで外観しか見ることのできなかったその建物(表舞台)の内側に入り、一般には公開されていない内部の風景を観ることができます。しかしほとんどのツアーにおいて、内部の全てを人々に公開することは滅多にありません。企業秘密に位置づけられている生産技術や、もっと卑近な例では工場長の部屋や経理資料の保管場所、清掃用具置き場などは基本的に公開されず、どこか一定の範囲や区画、ルートに「限定」された工場見学ツアーが準備されているはずです(「限定ツアー」はこの意味で、二重に「限定」されているといえます)。

この例において、工場見学ツアーの見学ルートは「演出された舞台裏」に近いものといえます。本物の「舞台裏」(企業秘密等)は守られています。「演出された舞台裏」は、そうしたプライベートな部分を他者のまなざしから防衛するために設けられた「表舞台」の一種となのです。

セーフティネットとしての「典型的な観光体験」?

この「表舞台/舞台裏」の視点を参考にするならば、いわゆる「典型的な観光体験」は、地域住民の側からみれば自分たちの生活空間を守るセーフティネットのようでもあります。

ツアー・ガイドがいて、集団は管理され、定番の観光スポットや観光施設で満足な観光体験をし、地域の「舞台裏」には触れずにお金を落として帰っていく。そうした「パッケージ化されたツアー」はある意味、観光のために用意された空間の内側に観光客を留めおきながら満足させる装置として、地域への影響を軽減させてきたといえるかもしれません(しかし、そもそもが生活空間である場所が観光対象となったり、生活と観光の空間が重なり合ったりしている場所ではそのようにキレイに切り分けることができません。世界遺産「白川郷」での住民と観光客とのトラブルや、「江ノ電」などの交通インフラの混雑などがその一例です)。

そのように考えると、「生活」や「暮らし」に照準を合わせた観光や旅には一定のリスクが存在するといえます。一歩間違えれば、そうした観光や旅は、他者の日常生活に足を踏み入れ、覗き見するような振る舞いと変わらなくなってしまう恐れもあります。

地域住民の視点にたつ想像力を

旅人や観光客に必要なのは、その地域で日々の生活を営む住民たちの立場を想像してみることです。旅をする側、観光する側、「観る側」につねに自身を置いてしまうのではなく、自身を受け入れてくれる地域の人々の側に立って、自身の行動や振る舞いを捉え直してみる態度が必要不可欠です。とくに、「生活」や「暮らし」、地域のローカル・コミュニティといったものに観光を通じて触れたいと考えている人はなおさら、そのような旅/観光の形態に潜むリスクに意識的でなければならないでしょう。

その想像力は、困難なものではないと思われます。なぜなら、旅人や観光客も帰路につけば地域住民とならざるを得ないからです。旅をする者はみな、(一時的にせよ)どこかの地域住民でありながら、どこか別の場所へと旅をする観光客でもあるという、二重性を生きています。その二重性は、自分とは異なる他者に対する(言い換えれば自分が「観光のまなざし」を向ける他者に対する)想像力を発揮するための土台になるはずです。

相手の視点/立場に立ってみること。この基本的な内省こそ、いま求められています。

参考文献

  • マキァーネル、ディーン(2012)『ザ・ツーリスト――高度近代社会の構造分析』安村克己ほか訳、学文社。

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