【対談 田中千恵子氏×サスタビ】ツーリストシップ大解剖!サステナブルな旅を手放さないための「心構え」

ひろがりゆく旅人の精神「ツーリストシップ」

いま、「ツーリストシップ」という言葉が大きな注目を集めています。

Tourist=ツーリストという言葉と、Ship=シップという接尾辞からなるこの言葉のモティーフは、「スポーツマンシップ」にあります。スポーツを愛する人びとにおいてスポーツマンシップが大切であるのと同じく、観光や旅を愛する人びとにも、大切にすべき「ツーリストシップ」なるものがあるのではないか……一般社団法人ツーリストシップ(旧CHIE-NO-WA)代表理事の田中千恵子さんは、旅人と、観光地や旅先の地域が共存共栄の関係で結ばれ、お互いに楽しい気持ちになるような旅/観光のあり方を「ツーリストシップ」という言葉とともに考えつづけてきました

田中さんの著書

著書『「ツーリストシップ」で、旅先から好かれる人になってみませんか――未来の旅行が驚くほど楽しくなる旅行者の心構え!』(ごま書房新社、2023年)も昨年6月に出版され、さらに同年8月のInternational Youth Day(国際青少年デー)では、なんと「世界が選ぶ世界の若者9人」に選定されています。これは世界有数の観光系シンクタンクであるDTTT社(デジタルツーリズムシンクタンク)が選定し、国連が「青少年が社会のあらゆる分野に参画し、意見を反映させることのできる未来社会」の祈願を記念し定めた国際青少年デーにて発表される栄誉ある賞であり、しかも田中さんは日本人で唯一のノミネートでした。

また、世界規模で観光業界における最も優れた人材(およびディスティネーションブランディング)を選定・表象するX. Awardでも「リーダーシップ賞」を受賞し、次代の観光の創造・変革を牽引していくリーダーとして世界から注目されています。

サスタビメンバーとの対談が実現!

このたびサスタビでは、そんな田中千恵子さんとの対談の機会をいただくことができました。サスタビとして2度目となる今回の対談では、サスタビ代表の行方一正、事務局の長井杏奈、そしてライターの石野隆美の3名と田中さんで、「ツーリストシップ」という理念・考えそのものを深堀りし、持続可能な旅と観光のあり方をディスカッションさせていただきました。

なお前回の対談では、田中千恵子がツーリストシップの普及活動に至った経緯や、田中さんがこの言葉に込めた想い、そして実際に取り組まれている具体的な活動内容についてお聞きしました!ぜひ今回の記事にあわせてご覧ください!

理念を具体化する難しさ

―本日はよろしくお願いいたします。前回私たちサスタビと対談をさせていただいてから、だいたい1年が経ちましたね。最近はどのような活動やお考えのもと、ツーリストシップの普及に取り組まれていますか?(行方)

田中さん:
お久しぶりです。私は今、「ツーリストシップの普及によって、どのような社会の変化が起きるか」というところを具体的に言葉にしていく作業に着手しています。そして来年(2024年)からは、もっと行政の方々と協力しながら、政策的な面と絡めてツーリストシップの普及活動をしていきたいと考えてまして。そのときに、受け入れ地域側にとって、ツーリストシップの活動を取り入れていくことのメリットを提示していきたい、そのような見通しを作って行政とも関わりを深め、よりツーリストシップの普及を目指したいと思っていました。

ツーリストシップ活動の様子

―なるほど。たしかに「ツーリストシップ」という抽象的な理念を説明できる言葉があったり、手本となる資料があれば、理念に共感した人がツーリストシップを広める立場になりやすそうですね。企業においても、企業理念を作っても具体的な行動にするときに解釈が人によって変わってしまったり、社長が交代すると解釈が違うものになったりすることはありますよね(行方)

田中さん:
はい、言語化することを意識していますが、どうしても抽象的な部分をどう扱うかが難しいところです。

―ただ、田中さんのツーリストシップの概念では、「場所によってツーリストシップの中身は変わる」ということも、ひとつ重要な点だったと思います。たとえば京都と大阪で心掛けるとよいツーリストシップは異なっていて、それは地域の文化や歴史、それから観光地の地理や環境、文脈によって変わるから「ツーリストシップに絶対の正解はない」と。ただ場所や状況によってツーリストシップの内実が変わるということと、理念としてツーリストシップを具体的な言葉にすることを、どう両立するのか。一筋縄ではいかなそうですね。もちろん、一人一人が抽象的な理念を具体化していくこと、そのために一人一人が自分の旅のあり方を反省したり、観光地のことをその都度考えたりして「ツーリストシップをそれぞれが養っていく」プロセスも大事だと思うので、難しい悩みですね……(石野)(※詳しくは前回の対談記事【後編】も参照ください)

田中さん:
そうですね。ただ、これまで観光者の人たちが何気なく実践していた良い行いを、「それはツーリストシップがあって良い行動ですね」と褒め、ツーリストシップという言葉に当てはめることでこれまで意識していなかった行動を自分で自覚したり、「これからもっとやっていこう」という気持ちになったりすることはあると思うんです。観光地や地域に思いやりをもって行動してきたことや振る舞ってきたことに「ツーリストシップ」という名前や言葉をつけてあげるということはあると思います。実際私たちがこれまでツーリストシップの普及活動を観光地でやっていると、「私いつも旅先で毎回ゴミ拾いをしているんです」というような旅人の方たちとたくさん出会うんです。そして、そういう今まで自分だけがひそひそとやっていたことが、「それはツーリストシップのひとつですね」と認められることで嬉しいみたいな、そういった声を聞くことができます。

名前をつくり、雰囲気を下から立ち上げていく

―ツーリストシップという言葉、名前を作ることの、大事な意義のひとつですよね(石野)

田中さん:
はい、そういう方たちを今のところ、「潜在的ツーリストシップ・ツーリスト」と呼んでいます。反対に、「悪気はないけど、観光地の文化や資源を無自覚に消費してしまっている旅行者」のような、まだツーリストシップという考え方に出会うことができていない人たちもいると思います。ゴミを捨てることはダメだとわかっているけど、たとえば食べ歩きで手がべとべとになってしまったとか、そういうどうしてもという理由があってゴミをその場に置いていくとか……

―旅の恥は搔き捨てといいますか、確かに誰しもそういう状況に出くわしたり、「ちょっとくらい」という気持ちになりそうになったりすることはありますね(長井)

田中さん:
はい、そういったことはある意味仕方ないことだったり、「どうしても」という事情があってのことだったりすると思います。そうしたときにツーリストシップという言葉を知って意識していけば、「これまでの行動はこういうところが良くなかったかも」「観光地のことを消費していたかも」と気づいて、行動を変えていくことに繋がっていくのではないかなと。

―言葉をつくる、ということの意義はそこにありますよね(石野)

田中さん:
はい。たとえば「セクハラ」という言葉も、それが浸透した今では、「女の人だからお茶入れて」といった昔は問題視されてこなかったこともみんなが意識できるようになって、だんだんそういう良くない振る舞いや指示を誰もがしにくくなってきた、という雰囲気ができてきたと思います。それと同じでツーリストシップという言葉も、これまでなあなあになっていた旅行中の良くない行動がだんだんしにくくなっていく、そのような雰囲気というか世論のようなものを作っていけると思います。そして言葉があると、地域や行政の側も、たとえば「ツーリストシップがある人に地域に来てほしい」とより自分たちの気持ちや考えを発信することができるようになっていくと思っています。

ツーリストシップ活動の様子

―ツーリストシップを軸にして、地域住民がツーリストを受け入れていく態勢が政策としても、人びとの気持ちというソフト面でも整っていって、それを土台にして観光開発やまちづくりのハード面も進んでいく、そういうことに繋がっていきそうですね(長井)

田中さん:
はい、そうして、関係人口の増加とか地域の持続性の向上などにも寄与できるんじゃないかなということを考えています。

そしてやっぱり、大多数のまだツーリストシップという言葉を知らない人たちに対して、たとえば「ツーリストシップを守ればお金がもらえる」といったやり方広めていくのはちょっと違うなと思っていて、むしろ世論を作っていく、ツーリストシップを守った方がいいなという雰囲気を作っていくことがやっぱり大事で、言葉を作ることに最初に力点を置いた理由もここにあります。「ツーリストシップを発揮して実践している観光者ってかっこいいよね」「それができていない旅人は恥ずかしいよね」といった雰囲気づくり。

―教科書をつくって、理念をしっかり理解した人を増やすというのは具体的な作業としてはいいかもしれませんね。システム化するというか、認定事業的な側面も視野に入れていくなど。たとえばスポーツマンシップ協会っていうのがあるということが調べてわかったのですが、あそこは認定とか研修、教科書もあるみたいですね。そういうのは1つのモデルになるかもしれませんね(行方)

田中さん:
はい。スポーツマンシップ協会の場合は、スポーツのコーチの方が子どもたち向けにスポーツマンシップを教えるためのイベントを開いたりしているみたいですね。

―ああいうところは多分「スポーツマンシップとは何か」ということをきちんと言語化されていて、協会として統一された目標を目指すためにコーチがその言語化された教科書や理念を使って教えていくというシステムがあるんだと思います。教科書やマニュアルなどで言語化して、次にトレーナーなどの教えられる人の養成の仕組みづくりと、スポーツマンシップを学びたい人のための認定・評価システムづくりを進めていくという一般的な順序があるんだと思います。ツーリストシップも拡散していくときにはシステム化することは考えておく必要があるかもしれません(行方)

ツーリストシップとスポーツマンシップ:概念の比較

―ちょっと素朴な質問をしてもいいですか(笑)。今話題にも出ましたが、ツーリストシップの言葉の由来としてスポーツマンシップという言葉が挙げられていました。それらは両方「ツーリスト」と「スポーツマン」という人に「シップ」という言葉がくっついたもので、共通するところが多いと思うんですが、一つだけ大きく違う所があると思います(石野)。

田中さん:
というと?

―スポーツマンシップの場合、「スポーツマン」という言葉がすでに肯定的な意味合いを含んでいると思うんですね。みんな「あなたはスポーツマンみたいだね」と言われたら、褒められたと解釈すると思います。それに対して「あなた、ツーリストみたいだね」「あなた観光者っぽいね」と言われたらどう思うでしょうか。もちろん文脈によりますけど、褒められているというよりは、どこか良くない意味合いが込められている気がしませんか。カメラを首からぶら下げてスーツケースを引きずりガイドブックを見ている、といった「典型的な観光客っぽさ」を指摘されているとか、「遊びに来た人っぽさ」が指摘されているような気分。とすると、シップという語が付く前の元々の名詞として、スポーツマンは肯定的な意味を持っていて、反対にツーリストはやや否定的な意味を持っているといえますね(石野)。

田中さん:
なるほど。

―そうすると、ここからが質問なんですが(笑)、田中さんがツーリストという言葉にどういうイメージを抱いているのでしょうか。、ツーリストという言葉がもともとは良いものだったけどそれが近年のオーバーツーリズムなどの影響で価値を損なっているからツーリストシップの普及を通じてそれを回復していきたいという思いもあるのか、それとも、ツーリストシップの活動をつうじて「観光者」「ツーリスト」という名詞自体も、スポーツマンと同じように肯定的な存在に変えていきたいと思っているのか。(石野)

ツーリストシップ活動の様子

田中さん:
なるほど、新しい視点です。たしかにツーリストという言葉が良い意味で使われることは少なくて、対比するとトラベラーのほうが肯定的な印象ですよね。私としては、「旅行って本来はもっと良いものなんじゃないの」という根本的な思いが、京都で活動を始めたときから胸にありました。異文化交流を作れるし、新しい価値観に出会えるし、いろんな人がいて楽しいねって思えるのがツーリズムや旅行であるのにもかかわらず、旅先では「観光客や外国人は来ないでくれ」といった排斥的なものが増えている。そういう現状は、旅行の豊かさからしてほんとうにもったいないことで、旅行の楽しさや良さをみんなが思い出していくことに、ツーリストシップの活動が繋がっていけたらと考えています。

―そうですよね。共感します。ツーリストシップはしばしば「オーバーツーリズムが問題になっている今、必要な心構え」という感じで紹介されることがある気がしていて。でも、オーバーツーリズムを解決するためだけじゃないんですよね。そもそもその論理だと、オーバーツーリズム以前の観光は問題が無かったみたいなことにもなりかねない。でもおっしゃるとおり旅行や観光には可能性や楽しさが根っこにあって、それを思い出しながら良い部分をどんどん豊かにしていくということが大事ですよね。スポーツマンシップも、その概念自体が「スポーツのよさ」を下支えしているものだと思います。スポーツマンシップのないスポーツ選手ばかりになったら、きっとスポーツは今ほど愛されなくなるでしょう。スポーツマンシップを維持することとスポーツを豊かにしていくことは結びついていて、それと同じく、ツーリストシップを育てることとツーリストやツーリズムをどんどん良いものとして維持していくことは密接に結びついているよな、ということを再認識できた気がします(石野)

サステナビリティとツーリストシップ

―最後に、サステナビリティ、つまり「持続可能な観光」とツーリストシップの関連や位置づけについて聞いてもいいでしょうか。現状、サステナブルツーリズムは様々な研究者や事業者、地域の方がそれぞれ定義されていて、とても大きい概念になっているところがあります。そういった背景の中、ツーリストシップはサステナブルツーリズムと本質的にどこが同じで、どこが違うのでしょうか。(行方)

田中さん:
サステナブルツーリズムも、すごく広い概念ですよね。もちろん様々な定義があるのだと思います。私の捉え方では、サステナブルツーリズムは現象や実際の取り組みとして、またはそれらを取りまとめるような理念としてあるのだと思っていて、それに対してツーリストシップは「心構え」というところを強調しています。

―枠組みや理念としてのサステナブルツーリズムと、もう少しミクロな、旅行者や観光者の振る舞いを支えるような心構えや細かな行動指針のようなものがツーリストシップ、という感じでしょうか。(石野)

―サステナブルツーリズムは、「持続可能な社会」という「目指すべきもの」があり、それを目指すという理念である側面が強いと思います。もちろん明確な答えはないし私も悩み続けていて、ひとまずUNWTOの提示するものを軸にしています。ただ、目指し方はたくさんあるじゃないですか。そのなかでエコツーリズムのようなものもあれば、アグリカルチャーツーリズムのようなものもあって。(行方)

田中さん:
ツーリストシップが目指しているもの、理想としているようなものは、旅行を楽しいものや良いものとして続けていくということ、旅行という趣味を手放さないといったことと関わっていると思います。自分たちが旅行に行ったことで地域の人が嫌な気持ちになるのは嫌だよね、自分たちが旅行に気持ちよく行って、そして気持ちよく帰ってくることができて、今度は自分の地域にやってきた旅行者を気持ちよくお迎えする。そういう循環、そして交流がまわっていくこともサステナビリティと関係するものだと思います。

対談を終えて

田中千恵子さんとのディスカッションは、気づけば2時間半ほどの時間が経っていました。全部をご紹介できないことが非常にもったいないという思いですが、田中さんのお考え、そしてツーリストシップの活動の展開について、サスタビでも引き続きご紹介をさせていただきたいと思っています!

旅を持続可能にし、そのことをつうじて持続可能な社会の実現を目指していくという思いはサスタビもツーリストシップも共通したものです。ツーリストシップは、「サステナブルな旅」のあり方と深く結びついているはず。田中千恵子さん、そしてツーリストシップについてもっと多くの方に知ってもらいたいと思います。

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