いま広がりをみせている言葉「ツーリストシップ」。みなさんはご存じでしょうか?
スポーツには、「スポーツマンシップ」という言葉があります。「あの選手、スポーツマンシップがあって素晴らしい」と褒めるとき、私たちは何となく、その選手のスポーツマンとしてのあり方や振る舞いについてイメージすることができると思います(スポーツ “マン” ではなく、スポーツに関わるすべての人びと、と呼ぶべきですね)。
いま、私たちがスポーツやその観戦を楽しむことができ、私たちにとってスポーツが素晴らしいものとして存在しているのは、スポーツに関わる人びとすべてがスポーツマンシップを大切にし、それを育ててきたからにほかならないのでしょう。
そしてスポーツマンシップと同じように、観光にも、そこに関わる人がみな大切にすべき精神や振る舞い(=ツーリストシップ)が、きっとあるのではないでしょうか。
私たちは今、未来の観光や社会のあり方を選択すべき時にあります。観光をより楽しみつつ、かつ社会全体にとってより良いものにしていくためにはどうしたらいいのか。ツーリストシップは、これからの観光を考える際の指針となる非常に重要な言葉として広がりをみせているのです。
そこで今回はツーリストシップの立役者、一般社団法人ツーリストシップ代表理事の田中 千恵子(たなか ちえこ)さんからお話をうかがいました。この言葉の意味、そしてそこに込められた想いや可能性を、田中さんの語りとともに前後編にてまとめます。そこには、これからの観光、これからの社会を考えるうえで重要なヒントがつまっていました。
“ひろがれ、ツーリストシップ”
京都からはじまった歩み
―一般社団法人ツーリストシップでは、どのような活動をされているんですか?
田中さん:
一般社団法人ツーリストシップ(旧 一般社団法人CHIE-NO-WA)は2019年10月に設立しました。旅行者や住民、観光業に携わる人びとすべてが寄り添いあい、交流し、心地よく過ごすことのできる観光のあり方を築いていくために、「ツーリストシップ」の普及に関する活動を行っています。
―どのようなきっかけでツーリストシップを立ち上げたのですか?
田中さん:
きっかけは、京都のオーバーツーリズムを目の当たりにしたことです。2017年に京都大学に入学し京都で生活をはじめました。そこで目に飛び込んできたのは、京都の観光公害の問題です。そして、観光公害という「大きな」問題はひとつひとつの「小さな」すれ違いの積み重ねで生じているという事実に、大学3年生になった2019年に気づいたことがきっかけです。
当時は、日本を訪れる外国人観光客数が飛躍的な増加をしていました。2016年には初の2,000万人を突破し、2017年は3,000万人を突破しようかという勢いでした。このように日本を訪れる人が増える一方で、急増する観光客の影響によって、さまざまな問題が露見しはじめた時期でもあったのです。この時期から今まで、京都はオーバーツーリズムや観光公害の問題としてしばしば取り上げられてきました。
観光客と地域、小さなすれ違い
―なぜ本来は楽しいものであるはずの観光が、人びとに嫌な気持ちをもたらしてしまっているのか。そうした違和感からツーリストシップの歩みは進んできたのですね。
田中さん:
観光客は自分が楽しむために来ているけれど、地元の人は自らの住みよい社会を求めている。お互い「自分が良ければよい」というマインドになっていて、「住む」と「訪れる」がすれ違っているのかもしれないと気づきました。旅行者と住民が共存共栄できるような旅行者を増やすためには、そのために必要な行動や振る舞いにもっと光を当てて、名前をつけないといけないと考えて、ツーリストシップという言葉をつくりました。観光地は住む人も訪れる人も、そして観光産業や行政もうまく結びついて、みんなが楽しめるような素敵な舞台だったはずです。その素敵な空間で互いに敬意を持って接し、「自分も素敵な人になる」ような振る舞いを一人ひとりができるようになれば状況は変わっていくのではないかと考えました。
―素敵な舞台である観光地で自らも素敵に振る舞うというツーリストの精神を言語化したのがツーリストシップという言葉なのですね。
一人一人の意識の大切さ
観光の力
―住む人と訪れる人がお互いを思いやれば、観光を通じてポジティブな影響を与えられそうですね。
田中さん:
はい。そもそも、観光には人を動かす力があると思います。これは、家や酒場で酒におぼれる労働者たちを「外」へと誘うべく観光をひろめたトマス・クックが考えたことでもあります。現在でいえば、スマホやネットがあれば外に出る必要がありません。ほとんどなんでも家でできてしまいます。Netflixに勝てるのは、旅行くらいしかないと思います。旅行は、家から出るためのモチベーションになります。それだけ楽しいコンテンツだし、人を動かす力を持っているんです。人は動くと、いろいろな気づきを得られますが、その動くきっかけを与えるのが旅行・観光なんですよね。だからこそ、観光産業をみんなで残していくことが大事なのではないでしょうか。
―観光がもつ力が失われないよう、私たちはそれを大切にしていく必要がありますね。
田中さん:
たとえば旅行客の混雑が起きているときに、「キャパを増やせよ」「もっと道路を広げろ」と文句を言うことは簡単だと思います。でも、そもそも旅行にはみんな楽しみたいから行っているはずです。楽しい気持ちになるために、例えば事前予約をする、狭い道ですれ違う住民に会釈する、など観光客の立場からできる工夫で、旅の楽しみをポジティブに見つけていくことができると思います。それは、地域側にとっても良い旅行なはずです。そうして旅行者と住民の両方の気持ちを考えられるようになっていくことで、これからも旅に行ける環境を自分たち自身で作っていくことができるのではと思います。
数の暴力と、一人一人の力。「ふるまいの指針」としてのツーリストシップ
―オーバーツーリズム問題の裏には、「私が一人で意識を変えたところで、他の大量の観光客は自由気ままに過ごしているから意味がないのではないか」といった無力感があるかもしれません。
以前オーバーツーリズムの記事で紹介したように、オーバーツーリズムの改善に関する研究はそのほとんどが政策的な観点や、観光客受け入れ側の地域政策の側面からアプローチしていて、反対に「一人ひとりの観光客にできること」は正面から検討されることが稀でした。
―こういった問題について、田中さんはどう考えているのでしょうか。
田中さん:
みんな旅行に行った方が良いよねという話が、今は「行き過ぎ」になってしまっていますよね。これをどうしたらよいのかは大きな課題です。ただ、旅行をする人が増えるということは、一人ひとりの力が大きくなることでもあると思うんですよね。心構えや行動が変わると、その結果も大きく変わることになる。「なんで私たちは旅行に行くんだろうか。私たちが楽しみたい旅行を、どうしたらもっと楽しむことができるんだろうか」「みんなも自分も楽しんで、旅行に行きつづけるにはどうしたらいいのか」といったことを、一人ひとりが考えることが大切だと思います。
―たくさんの人が当事者の意識をもつことで、個人の力は大きくなる……ツーリストシップという言葉は、そのように「一人一人が考える主体」としてのツーリストになるための、“ふるまいの指針”なのですね。
つづきは【後編】で!
一人ひとりが観光について考え、自らの心構えを育てていくことが、オーバーツーリズムや観光の負の側面を草の根的に変化させていく可能性につながる。田中さんの考え方はこれからの観光を考えるうえでとても重要なものでしょう。そのときツーリストシップは、一人ひとりが自分の振る舞いを見つめ直し、心構えを磨いていくための鍵となりますね。
ここまで、一般社団法人ツーリストシップ代表理事の田中 千恵子(たなか ちえこ)さんからオーバーツーリズム問題や観光の持つ力、観光における課題を解決するヒントを伺ってきました。【後編】では田中さんが具体的に取り組んできた活動を聞きながら、ツーリストシップという言葉をさらに掘り下げたいと思います!
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後編はこちら
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