「旅の学び方」:旅人の集合知をつくろう

旅や観光は学ぶものなの?

旅や観光がもし、学校や大学で「学び習うもの」であったなら、みなさんはどのようなことを学びたいでしょうか。飛行機やローカルな移動手段をスムーズに渡り歩く方法? 誰も知らない観光地を発見する方法?それとも、観光客を「おもてなし」するための振る舞いやサービスの技法でしょうか。あるいは、観光をつうじて地域を活性化させるための方法を知りたいという人もかもしれません。

このように「観光や旅を学ぶ」と一言で言っても、その内実は多様です。これは観光という現象自体がそもそも複雑で、多様な要素(産業や組織やサービスや法政策など)が絡まり合うことで成立している点とも関わっているように思います。観光は、宿泊産業、交通産業、飲食、イベント産業、…など実に多くの産業の複合体ですし、私たちも一度の観光や旅のなかで、そうした複数のサービスを渡り歩きながら、観光という一つの活動を楽しんでいます。

そもそも、旅や観光にたいして「学校などで学ぶもの」というイメージを抱きにくい方も少なくないかもしれません。しかし旅や観光は、たとえば「旅慣れる」「旅が上手い」といった言葉があるように、誰しもが最初は初心者でありながら、経験を重ねることで技法を習得していくもの、だんだんと上達していくものだといえます。

文化的活動としての観光

『観光のレッスン:ツーリズムリテラシー入門』という書籍があります(山口・須永・鈴木編 2021)。この書籍は学生向けに編まれた観光学のテキストですが、そこでは次のようなイントロが記されています。

観光も、こうした文化的活動の一つです。そのため他のさまざまな技能(アーツ)と同じように、観光も一定のトレーニングによって深く学び習うことができ、そうした観光する技能を高めていくことができれば、新たな世界と出会うことができるはずです。それにもかかわらず、音楽や絵画や語学や水泳など、他の技能(アーツ)にはたくさんの学校が存在し、多彩な教材や教育法も生み出されてきたのに対し、観光にはその技能を学び習うための学校も教材もメソッドも見当たらないのは、なぜでしょう(山口・須永・鈴木編 2021, iv)。

ここで書かれているように、観光や旅を「上手に」実践していく方法やノウハウ、観光地の「読み解き方」を教えてくれるようなテキストや授業・講義はこれまでほとんど存在してこなかった側面があります。

「持続可能な観光」の実現が目指され、オーバーツーリズムなど観光がもたらしてきた様々な社会的課題も明らかになっているいま、「善き観光をすること」「善き観光者になること」が求められているといえるでしょう。しかしその方法を教えてくれるような場所は、あまりありません。

どうしたら旅を学ぶことができるのか、どうしたら「サステナブルな旅」を実践できる自分になれるのか。サスタビではそのような方法を紹介したり、現状の旅や観光が抱えている課題や可能性を一緒に考えるための記事を公開しています。

ただし、「善い旅」「善い観光」の絶対的なかたちや「答え」がどこかにあるわけではないとも言えます。同じ場所に観光に行くとしても、その人が誰であり、いつ、誰と、どのような形でその場所を訪れるのかによって、持続可能な旅のあり方は変わってくるでしょう。どんな地域にも当てはまるような「サステナブルな旅」の模範解答があるとも言い切れません。むしろ、地域の歴史的・地理的・社会的な文脈や、旅先で出会う人びととの個別具体的な関係性のなかで、そのつど「善い観光」「善い旅」のあり方は変化していくのではないでしょうか。先ほど紹介した書籍の「リテラシー」という言葉には、そのような状況に応じた判断力や思慮深さという意味も込められているように思われます

観光をどのような角度から学ぶか

旅や観光を学ぶというとき、そこにはいくつかのアプローチがあるといえます。思いつく例を挙げてみましょう。

①観光産業の担い手として学ぶ

観光を学ぶというときに、おそらく最もはじめに頭に浮かぶのがこのアプローチではないでしょうか。観光産業の従事者として、ホスピタリティやサービスの方法を学ぶこと。エアラインや宿泊産業といった観光関連産業に従事するために学ぶこと。観光や旅をよりよいサービスや商品として販売するという角度から、観光を学ぶという方法がありますね。

どのような観光商品であれば地域や環境への負荷を抑えつつ人びとに楽しみを提供できるのか。どうすればインバウンドをはじめとする観光者の「分散」や「地方誘客」を実現できるのか。観光をつうじて地域や国の魅力をどう高めていくことができるのか。そうした点も検討されています。また観光の経済的インパクトや市場構造の分析などもあるでしょう。

②地域振興やコミュニティ活性化の方法として観光を学ぶ

観光は地域振興政策の重要なカギと考えられており、今日では、観光をつうじた地域の社会的・経済的な活性化の手法が模索されているといえます。DMO(観光地域づくり法人:Destination Management/ Marketing Organization)や地域行政などのアクターとして地域と観光政策を検討する人材になるために観光を学ぶというアプローチもあるでしょう。

ちなみにDMOとは、観光庁によれば次のように定義されています。

地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する地域経営の視点に立った観光地域づくりの司令塔として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人(観光庁「観光地域づくり法人(DMO)とは 」2024年5月10日)

③観光の社会文化的な影響を学ぶ

観光や旅をひとつの社会現象として捉え、それがどのような背景によって動いているのか、また観光や旅が社会にどのような影響を与えるのかといった点を学術的に検討する、という学び方もあるでしょう。これは①で述べた、観光を産業として学ぶという点とも深く共通していることですが、観光と社会のあり方を合わせ鏡のように捉え、観光が抱える課題や可能性を研究していく、またはそこまでいかなくとも批判的に分析していこうとする方向性として挙げることができます。

また、観光をすることが人生に対して持つ意味や、観光・旅の起源などを検討する(人はなぜ旅に出るのか?)といった事柄も挙げられるでしょう。

④観光の方法そのものを学ぶ

旅のノウハウやガイドブックの活用法、海外旅行をするために知っておきたい知識など、旅や観光にかかわる実践的な知識を学ぶという方向性も当然あるでしょう。みなさんも旅行に行く前に、「旅行で持参すべき荷物」とか「出国/入国手続きの方法」とか、「現地での服装」などといったことを調べた経験があると思います。誰しもが最初はそうした情報をよく知らないのであり、調べたり誰かから教わったりしながら知識や経験を身につけていきます。

これもれっきとした「観光を学ぶ」というアプローチの一つだと思われますし、意外と教科書などで体系化されていない領野だと言えるでしょう。むしろ旅ブログや旅動画などを介して経験や知識がインフォーマルに交換・流通しているというのが現状だと思われます。

ちなみにみなさんは、そのような「旅や観光の実践的テキスト」がもしあるとすれば、それを読みたいと思いますか?もしみなさんがそのテキストの書き手になれるとすれば、どのようなことを他の旅人や観光者に伝えたいでしょうか。

⑤よき観光者になる方法を学ぶ

最後に、「よきツーリストになる方法」を学ぶというアプローチもありうると思われます。④と少し似ているように思われるかもしれませんが、こちらはもう少し抽象的なアイデアとして「よりよい観光のあり方を探求する主体としての観光者」になることを目指すという方向性です。

観光は一見すると楽しさや歓びに満ちた営為ですが、じつはその背景に様々な問題を抱えてもいます。観光のあり方に差別や搾取などの権力関係が孕んでいないかをクリティカルに分析することも重要です。

また、「よい旅とはなにか」を真剣に考えたり、それを言語化したりしていくこともきっと大事なのではないでしょうか。旅や観光をつうじて「これは違うんじゃないか」と違和感を抱いたことがあれば、それがなぜなのか、なにが問題なのかを考えたり、反対に「よい旅だった」と思ったならばそれはどうしてなのかを言葉にしてみたり。観光や旅を学ぶというとき、観光者や旅人としての世界の見方や、自分自身の観光と旅が世界にもたらす意味、責任などを考えていくこともそこに含まれるのではないかと思われます。それは翻って、自らの観光経験を今後より豊かにしていくことに繋がっていくようにも思われます。

ここまで、暫定的に5つに分類して「観光を学ぶ」アプローチを考えてみました。ただし、これら5つのアプローチはいうまでもなくそれぞれ結びついています。観光関連産業の従事者になるうえで、観光を文化現象として批判的に考察することも重要になってくるように。観光そのものが領野を跨いだ複雑な体系をなしているのと同じように、観光を学ぶという作業も多様なアプローチとその複合によって深められていく必要があるでしょう。

あなたはどんな旅人になりたい?

今日、「観光」や「ツーリズム」「観光コミュニティ」「観光まちづくり」「ホスピタリティ」といった言葉を学部や学科名に据える大学や専門学校は増えつつあるように思います。そこでは①や②、③に関わる事柄が大学の講義として学べるようになっているといえるでしょう。しかしながら④や⑤について学ぶことのできる場所はそれほど確立していない現状があります(それが必要なのか、という議論も当然あるでしょう)

旅人の側から、「自分はこういう旅をしている」「こういうことを心がけている」といった点をもっと言葉にし、シェアしていくことが重要かもしれませんね。よりよい旅のあり方を考えようとするならば、多様な旅や観光の実践がすでに存在しているという事実を知る作業が、すべての出発点になる可能性があります。まず自分のこれまでの旅や観光のあり方を顧みて、言語化してみる、他者に紹介してみること。これまでの旅のなかで抱いた違和感があれば、それも言葉にしてみること。そうしたことの蓄積がまずは大事かもしれません。

みなさんはどんな旅をしてきましたか。どんな旅人になりたいですか?旅人としての「集合知」は、サステナブルな旅の広がりにきっと役立つと思われます(サスタビの「スポット登録」もぜひ!)。誰かの旅の足跡が、他の誰かの旅を誘ってきたのです。

参考文献

  • 山口誠・須永和博・鈴木涼太郎編 (2012)『観光のレッスン――ツーリズム・リテラシー入門』新曜社。

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