立ち入った途端に、手足がびりびりとしびれる島があるらしい。
そんな噂を聞いたのは、沖縄でのワーケーション中でした。このとき私は、全国から参加したメンバーが1〜2週間ほど同じホテルに滞在するプランを利用。個別の客室に加えてプラン利用者のみが使えるラウンジやワークスペースなどがあり、それぞれが自分のペースでプランメンバーとコミュニケーションが取れる仕組みとなっていました。一日中ラウンジで時間を過ごしずっとメンバーの誰かと一緒にいる人もいれば、基本的には個室で仕事をして夜になるとメンバーと食事に行く人もいるような、自由な雰囲気です。
スピリチュアルな感覚がなくとも、きれいな自然を楽しめる美しい島
このプランに参加した私が、メンバーのAさんから聞いたのが、冒頭の噂です。滞在先の那覇から車で1時間半ほどかかるその島は「神様の島」と呼ばれていて、スピリチュアルなものに敏感な方は「体がしびれる」「空気が重くて歩きにくい」といった感想を持つそう。元来その手のパワーと無縁な私は「本当かなあ」と思いつつ、滞在中に仲良くなったメンバーの数名と島を訪れました。
結論から言うと、多少「島の外と中で空気が違う……かも?」と感じました。ただこれは、そこが「神様の島」だからなのか、それともAさんがあまりに情熱的に「本当にあそこはすごい!」と言っているのを聞かされていたからなのか、定かではありません。一つ確かなことは、これがワーケーションではなく一般的な2泊3日程度の旅行であれば、絶対にわざわざその島を訪れていないということです。
長期滞在が生む旅の余白
内閣府の調査によると、ワーケーションの平均滞在日数は11.77日。一般的な旅行に比べて明らかに長い時間、旅先に滞在しています。今回、私がさほど信じていない噂の検証のためにわざわざ片道1時間半もかけて島を訪れたのも、14日間も沖縄に滞在していたから。この出来事をきっかけに、私は「ワーケーションとサステナブルな旅は、相性がいいのでは?」と思い始めました。
そもそもサスタビでは「サステナブルな旅を実現するために、長期の旅をしよう」と推奨しています。たった48時間程度では、旅先の文化やそこで生きる人々の暮らしを知ることが難しいからです。滞在時間が短いほど、いわゆる観光スポットをコンプリートすることにやっきになってしまいがち。スタンプラリーを制覇するように観光地を巡って、現地の空気を味わう間もなく移動を繰り返してしまう方も多いでしょう。
水族館のような王道スポットを巡ることももちろん悪ではない、問題はそこに行かなくてはと、とらわれること
こういった観点から考えると、平均して1週間以上の滞在をするワーケーションは、サステナブルツーリズムとの親和性が高いように思えます。長い期間滞在することで、一通りの観光地や鉄板ご当地グルメをクリアしても尚、旅先でゆっくりと時間を過ごせます。この時間は「わざわざ沖縄まで来たからには、マリンアクティビティをしなくては」といった強迫観念のようなものから解き放たれた、いわば旅の余白です。
余白を埋める「旅先の」日常性
生まれた余白で何をするか。そこにサステナブルツーリズムを実践するヒントがあるように思います。答えは人によって千差万別でしょうが、私は「旅先の日常性を感じる」ことがポイントの一つだと感じました。
この結論に達したきっかけは、ワーケーション中に仲良くなった現地の方に、「模合」に連れて行ってもらったことです。模合とは簡単に言えば、月に一度同じメンバーで集まって飲み会をする沖縄の文化です。基本的に、親しい友人や長い付き合いの仲間内で開かれています。
「模合があるから良ければ一緒に顔出そう」と誘われ、数十年の付き合いがあるコミュニティの中に突然、異分子として放り込まれた私。当然の結果として、スタッフ全員が仲良しのバイト先に急に入ってきた新人のごとく浮きました。ただそれも最初のうちだけで、「どこから来たの?」「いつまで沖縄にいるの?」と会話に入れてもらい、楽しい時間を過ごすことができました。
模合の中で印象的だったのが、ある方が「何十年もこうやって、みんなで集まってるの。この時間が本当に好き」とお話しされていたことです。この方の楽しそうな様子を見て、模合が沖縄という土地に根付き、住民に愛され続けている文化なのだと実感しました。
朝からビーチに繰り出さず、夕方に海辺を散歩をして夜に模合に参加するという、余裕のある日程を楽しめる
模合について、ネットや文献で調べて概要を知ることはできます。ただ今回のように自分自身の肌で感じるには、やはり現地で体験するしかありません。長期滞在によって旅の余白があったからこそ「模合ってよく知らないけど、せっかくだから」と思い切って参加することができました。
旅行には特別性を求める方も多いですが、余白を使って旅先の日常を味わうことが、サステナブルな旅につながるように思います。
旅の特別性を薄める「旅人の」日常性
模合に参加したことにより、「旅を特別なものではなく、日常のものだととらえること」がサステナブルな旅のヒントなのではないかと気づきました。そしてここでいう日常性には「旅先の日常」と「旅人の日常」の2種類があります。旅先の日常とは、模合のような地元の方が普段から行っている暮らしを指しています。
長期滞在だからこそ、有名飲食店を巡るだけでなく地元の市場で食材を買って自炊する余裕も
(写真提供:中山 駿)
ひるがえって旅人の日常とは、旅人の普段の生活を指しています。たとえば、昼間は働き、夜は家族と過ごし、休日はゆっくりとお酒を飲みに行くといったスタイルなどです。この日常性を旅先に持ち込むことで、旅の持つ特別性が薄まり、より日常に近い文脈で旅を楽しめるのではないでしょうか。
その意味でも、ワーケーションはやはり非常に相性がよいといえます。仕事を旅に持ち込むことで、ほどよく日常と地続きの時間を過ごしやすくなります。日中はコワーキングスペースなどで仕事をして、夜は近くの飲食店でおいしいものを食べるといった、日頃の暮らしと近いスタイルで生活することが可能です。
サステナブルな旅のデビューにワーケーションを
長期滞在と日常性。2つの観点から、ワーケーションはサステナブルな旅との相性がよいと感じました。だからこそ「サステナブルな旅がしたいけど、仕事の都合で長期休暇は取りにくい」という方に、改めてワーケーションをおすすめしたいです。
オフィスビューとはがらりと変わって、素敵な風景の中で仕事ができるのもワーケーションの魅力
「突然、2週間の休暇を取って旅をしろと言われても、どうしたらいいかわからない」という方も、ワーケーションであればほどよく自由度が下がるため、サステナブルな旅のデビューにぴったり。ぜひいつもとは違う場所の日常を体験し、そこに根付く文化や人々の暮らしに触れてみてください。
【参考資料】
令和 3 年度 観光地域動向調査事業「ワーケーションに関する調査」報告書
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