歓待の贈与のネットワーク――地域を守るための観光――

本記事は、遠藤英樹先生(立命館大学文学部地域研究学域教授および立命館大学人文科学研究所所長)による寄稿です。

新しい観光様式とは

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)以後の観光は、いったいどのようなものとなるだろう。それは、地域の文化や自然をそのまま見せるのではなくなっていく。観光産業は、地域の文化や自然をコンテンツにまで昇華させ創造し、バーチャルなデジタルテクノロジーを活用しながら、それら地域コンテンツを観光客にさまざまに経験・体験してもらい、感動という情動を呼び起こしていくような産業になる。いわば、「地域コンテンツ創造産業」・「経験創造産業」・「感動創造産業」へとシフトしていくのである。

それはこれまでの観光の定義を大きく変えていくものとなる。これまで観光は次のように定義されてきた。観光政策審議会による1995年答申において、それは、「余暇時間の中で、日常生活圏を離れて行う様々な活動であって、触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」と定義されてきたのである。もう少し分かりやすく言うと、「人が日常生活圏を離れ、再び戻れる予定で、楽しみを求めて移動すること」と定義されてきたのだ。

もちろん身体的な移動を通して現地を旅することは、これから次第に回復し、再び活発に行われるようになるにちがいない。ただ、今後は、そうしたときでも、ただ「きれいな風景を見る」のではなく、メディア技術を活用しながら「風景をきれいなコンテンツに昇華させて魅せる(魅せられる)」ものになるのではないだろうかか。それこそが「新しい観光様式」となる。

これからの時代における観光の意義

その中で観光は、今まで以上に重要な意義を担うようになるだろう。それは何か。――それは、歓待を贈与するという意義である。観光はデジタルテクノロジーを融合させながら、観光客に対して経験や感動をあたえ、世界に歓待を贈与することが重要になっていく。

観光において、地域住民が、観光客をもてなす。これは、これまでも行われてきたし、これからもあるはずだ。ただ観光客が楽しめればそれで満足するというのではもはやなくなる。地域コンテンツに感動し歓待をうけた観光客は、その地域の文化・自然・暮らしを大切にしたいと思えるようになり、地域に対して配慮を向ける(give attention)ようになる。いま「配慮を向ける(give attention)」と言ったが、「give」とは「与える」、まさに「贈与」のことである。それゆえ、それは、観光客から、地域の文化・自然・暮らしに向けた歓待の贈与だと言える。

観光客が地域に対して配慮を向けるようになれば、地域住民は、さらに一層、観光客をもてなすことになるだろう。こうして観光を軸にしながら、観光客、地域住民、観光産業、文化、自然などがおたがいに歓待し合うネットワークをつくっていく。観光には、このように、世界において「歓待の贈与のネットワーク」を形成する軸(axis)となる役割が今後もとめられるのではないか。

私たちは誰もがみな、この世界に何かを贈与するために、一時的に、この世界に生まれ落ち、訪れているゲスト=観光客である。ゲストは英語で「guest」と書くが、「guest」の語源は、ゲルマン祖語で「見知らぬ人」という意味をもつ「ghostis」に由来している。そして「ghostis」は、「招く主人」を意味する「host」や、「歓待」を意味する「hospitality」の語源となったラテン語「hospes」とも関係の深い語である。すなわち、世界に生まれ落ちた私たちゲスト(guest)=観光客は、「歓待の贈与のネットワーク」の一端を担い、世界に「歓待」を贈与する「主人(host)」なのであって、単なる消費者(customer)ではないのである。

地域を守るための観光

ただし、そうした「歓待の贈与のネットワーク」は何もしなくても実現されるわけではない。それを実現するためには、私たちは、「地域の暮らし、文化、自然などを破壊せず、逆に活性化できる観光とはどのようものであるべきか?」をつねに問い、ローカルとグローバルの間の適正バランスを模索し続ける「作為の契機」が必要となる。

フランスの社会学者・人類学者であるマルセル・モースが示唆しているように、社会とは実は「贈与のネットワーク」の別名である。そうであるとするならば、その贈与を可能ならしめるべく自由に移動すること、自由に集まること、そこで自由に遊ぶことといった、「移動の自由」「集まることの自由」「遊ぶ自由」を私たちは簡単に手放してはならない。

ただしモースも述べていることだが、贈与には創造的な側面と破壊的な側面もあり、歓待ばかりではなくリスクも贈与することもあり得る。贈与には、つねに歓待とリスクの両面があることをつねに念頭におく必要がある。実際、観光は、オーバーツーリズムという現象や新型コロナウイルスといったウィルスを世界に広めるなど、世界にリスクも贈与してきたことは忘れてはならないだろう。

だからこそ、リスクの贈与をコントロールし、それを歓待の贈与へと変化させていくための「作為の契機」」が私たちには求められていくのである。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって、既存の形における観光の終焉はもたらされるかもしれない。だがそれは、新たな形での観光の始まりを告げるものとなるはずだ。そのときに観光は、どういうものであるべきか。いま、このときだからこそ、このことを深く考えておきたい。

それは、移動の正義(モビリティ・ジャスティス)を抜きにあり得ないと私は考えている。次回はそのことについて考えてみたい。

著者紹介
遠藤 英樹
立命館大学文学部地域研究学域教授および立命館大学人文科学研究所所長。関西学院大学大学院社会学研究科博士課程後期課程単位取得退学。博士(観光学):立教大学。専門は観光社会学・現代文化論・社会学理論。主な著書に『Understanding tourism mobilities in Japan』(Routledge、編著)、『ツーリズム・モビリティーズ』(ミネルヴァ書房、単著)、『ワードマップ 現代観光学』(新曜社、編著)、『ポップカルチャーで学ぶ社会学入門』(ミネルヴァ書房、単著)など多数。

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