観光列車と市電 そのサステナブルな楽しみ方#観光と人の移動

日々の通勤通学など、私たちの移動にとってもはや必要不可欠なインフラストラクチャーとなっている鉄道は、観光の展開にも大きな役割を果たしてきました。

サステナブルな旅を実践するうえでも重要なカギを握る鉄道について、今回の記事ではとくに「観光列車」と「市電」の可能性に着目しながら紹介してみたいと思います。

観光列車

近年では「観光列車」が観光の対象として注目と人気を集めています。みなさんは乗ったことがありますか?

著名なものとしては、小田原と強羅をむすぶ箱根の登山列車や、京都・嵯峨野トロッコ列車、長野県のしなの鉄道「ろくもん」などが挙げられ、地方鉄道やJRのローカル線を中心に、近年各所でブームが生じています。

観光列車は、いわば移動手段、観光のための「通過点」であった電車が観光の対象・目的となった現象だということができるでしょう。観光列車の写真撮影や乗車中の景色を楽しむだけでなく、車内で地元の名産品を味わったり、郷土歌を聞いたり、地域にちなんだ企画を楽しむことができます。

しなの鉄道「ろくもん」https://www.shinanorailway.co.jp/rokumon/about/より引用

嵯峨野トロッコ列車
https://www.sagano-kanko.co.jp/torokko.phpより引用

「スイッチバック」で有名な箱根登山電車https://www.hakonenavi.jp/hakone-tozan/

市電

市営・民営も含め、路面電車を指して一般に呼ばれる「市電」。自動車やバスのすぐ隣をトコトコと走る市電は、都市における人々の日常的な移動を支えてきました。

この記事を書いている筆者の地元・札幌にも札幌市電が走っていて、個人的にとても馴染み深い乗り物です(札幌駅まで電車で向かい、大通駅まで地下鉄または徒歩で移動し、そこから近くの市電に乗って藻岩山に遊びに行く、といった経験が思い出されます)。こんにち、全国で20路線を超える数の市電が都市を走っています。

東京には都電荒川線の東京さくらトラムや東急世田谷線が走っていますね。後に触れますが、市電も都市内の観光客の移動に活用されてきています。また市電はこんにち、それがもつ持続可能な地域づくり・都市づくりへの可能性についても期待が高まってきています。

鉄道と観光

市電や観光列車についてもう少し踏み込む前に、まずはごく簡単に、鉄道と観光の歴史的な流れをつかんでいきましょう。鉄道の展開は、世界でも日本でも、観光(地)の発展に多大なる影響を及ぼしてきました。

鉄道は、おおもとは国家の工業的発展を見越して整備されてきた側面があります。世界で最も早く、本格的な鉄道の開通を果たしたのは1830年のイギリス、工業発展の著しかったマンチェスターと港湾都市リバプールの2都市間を繋ぐ路線であったとされています。貿易によって得た資材や工業労働を担う人員の効率的な輸送を可能にする鉄道は、イギリスの国家的な発展を支える社会基盤となっていきました。イギリスに続き、19世紀以降は西欧諸国を起点に鉄道の整備が進んでいきます。

日本においても、1872年に新橋と横浜とを結ぶ鉄道が敷設されています。また1906年には鉄道国有法が定められ、国有鉄道が日本の近代国家としての成長を支えていきました。

鉄道が全国的に整備され、工業や経済的な側面への活用も進んでいったところで、鉄道は観光とも密接な関係を結ぶようになります。とくに1964年の東海道新幹線の開通や、国鉄(日本国有鉄道)によって展開された1970年の「ディスカバー・ジャパン・キャンペーン」は、日本の観光の近現代史におけるひとつの転換点だといえましょう。

ディスカバー・ジャパン・キャンペーンについては以前にも触れていますので、こちらもぜひ

ただし、それ以前からも実は鉄道と観光は影響を与え合っていました。いまの私たちの旅や観光にとって馴染み深い道具のなかには、鉄道の発展が影響してつくられたものも少なくありません。

たとえば、ガイドブックのひとつの原点。明治の中期ごろ、つまり鉄道網の全国的な展開が進んできたころ、電車の沿線や周囲の観光地を紹介したガイドブックが各地の鉄道会社によってつくられはじめました。1929年に当時の鉄道省が編さんした『日本案内記』はこんにちのようなガイドブックの先駆けだったとされています。

行楽としての寺社仏閣の参詣と鉄道整備の関係もとても深いです。たとえば正月には欠かせない初詣。川崎大師では、今でいう初詣はもともと(江戸期のころ)「正月参詣」と呼ばれていて、厳密なルールに則って実践される宗教的な実践として位置づけられていました。それが明治期の鉄道開通による来訪者の増加・多様化の流れを受けて次第に宗教的性格を弱め、「行楽」として人びとの移動の目的地になっていくなかで、宗教的な慣習への拘りのない「元日の川崎大師詣」として定着、次第にそれが「初詣」と呼ばれるようになってきたという背景があるのです(老川 2017)。

観光や旅において欠かせない「お土産」もまた、鉄道の登場によって大きく姿を変えました。鉄道以前のお土産にはとある条件が必須でした。それは、腐らないこと。そして、かさばらないことです。「生もの」や移動のときに邪魔になる大きな事物は、交通手段という制約上、お土産としてなかなか選ばれなかった(選ぶことができなかった)のです(鈴木 2013)。鉄道はこうした状況に大きな変革をもたらしました。また視点をかえれば、地域側もまた鉄道の発展をうけて地域の名産品や特産品を変化させてきたということでもあります。

ごくごく一部だけを紹介してきましたが、それ以外にも、鉄道は温泉地や高原、リゾートなどあらゆる観光的な施設の展開に影響を与えてきました。観光史と鉄道史の交わりについて知ると、旅や観光の景色が大きく変わる発見をたくさん得られると思います。関心を持った人はぜひ記事末尾の参考文献もチェックしてみてください。

鉄道とサステナビリティ

観光列車に乗って地方を応援する

冒頭で紹介した観光列車や市電のように、こんにちでは鉄道それ自体が観光対象化、観光アトラクション化し注目を集めてきています。

その背景にあるものとしてまず触れておきたいのは、地方鉄道・JRローカル線が直面している経営的苦境のことです。上に書いたように鉄道は国家の社会的基盤として登場し、全国的に展開、観光にも大きな影響を与えてきましたが、その後は自家用車や飛行機など多様な交通手段が発達していくことになります。自家用車の普及は、公共の時間(交通ダイヤ)に囚われない自由な移動を可能にさせましたし、飛行機は鉄道では移動できない遠距離への高速移動を実現させました。

そうした他の移動手段が発達し、「高速の移動手段」というかつての地位が相対化されていくことで、鉄道は新しい役割や特徴を自らに見いだすことが求められていきました。鉄道の乗車経験そのものが観光のアトラクションになるようなこんにちの観光列車は、そうした必要性のなかで見いだされてきた活路のひとつだったといえるのです。

また観光列車は、少子高齢化や地方人口の著しい減少によって厳しい状況に立たされている地方鉄道の切り札としての位置づけもあります。通勤通学による利用者収入が人口減少やマイカーの普及によって減少してきたなかで、観光列車は地域鉄道の経営改善や沿線地域の経済的活性化の手段として期待をされているのです。

サスタビでは、「サスタビ20ヶ条」のその1つ目に「公共の移動手段をつかおう」を掲げています。

バスや電車などの公共交通手段を意識的に活用することにより、自家用車やタクシー、航空機の利用よりも環境にやさしい移動が可能となりますね。公共の移動手段を使うことの意義としてみなさんが即座に思い浮かべるのはその点だと思います。

しかし公共交通機関を利用することの意義はそこに留まらないのです。これまで述べてきたように、とくに地方鉄道やローカルバスを利用するという文脈においては、人口減少等の理由によって厳しい状況にある地方に対して経済的な応援をするという意味もまた込められているといえるのです。環境にやさしいだけでなく、地域を応援することにもつながる観光列車は、「敢えて公共の移動手段を使う」というときにとても有意義な選択肢になりそうですね。

市電に乗って都市のサステナブルな地域づくりを応援する

また、観光における市電の利用にもサステナブルな貢献の要素が含まれています。

とてもゆっくりと都市のなかを走る市電は、かつてから、そこで生活したり働いたりする人びとの足となってきました。バスや電車とも連結したり路線をカバーしたりしあいながら、都市のなかでの環境にやさしい移動を支えてきた乗り物だといえるでしょう。

近年では「次世代型路面電車システム LRT:Light Rail Transit」の展開も要注目です。それは「従来の路面電車と違い、高いデザイン性を備え、騒音や振動が少なく、快適な乗り心地など人と環境にやさしい乗り物」そして「各種交通との連携や低床式車両(LRV)の活用、軌道・停留場の改良による乗降の容易性などの面で優れた特徴がある次世代の交通システム」として、これからの市電の展開を牽引していくことが期待されています(https://u-movenext.net/)。

そこでは、時間により正確な路面電車の運用や、どんな人でも乗り降りのしやすい車両・駅の活用を環境にやさしいかたちで進展させながら、他の地域内交通(バスや電車等)とのより効率的な接続を実現させていくことが目指されています。芳賀・宇都宮はこうした「交通未来都市」をめざす取り組みが注目される場所となっています。

そのようにして展開が進む市電は、観光/旅とも相性がよいものでしょう。都市・地域の景色をゆっくりと味わいながら、また日常の風景を感じながら移動することができますね。なにより、観光や旅の文脈で市電というローカルな交通手段を利用することで、その収益が地域の人々の日常の移動手段としての市電の維持・展開に寄与するという好循環もまた期待することができます(もちろん、そこが通勤通学をはじめとする日常生活の場であるということは、それを利用する旅人/観光者にも配慮や意識が必要だという点は忘れてはなりません)。

次の記事でも、今回の市電や観光列車のような、旅/観光に関わる「モビリティ」に焦点をあてながらサステナブルな旅の可能性を探っていきたいと思います。

参考文献

  • 鈴木勇一郎(2013)『おみやげと鉄道:名物で語る日本近代史』講談社。
  • 寺岡伸吾(2014)「鉄道」大橋昭一・橋本和也・遠藤英樹・神田孝治編『観光学ガイドブック――新しい知的領野への旅立ち』ナカニシヤ出版、pp.226-229。
  • 寺岡伸吾(2019)「鉄道:移動経験と観光はどのように関わってきたか」遠藤英樹・橋本和也・神田孝治編『現代観光学:ツーリズムから「いま」がみえる』新曜社、pp.202-209。
  • 老川慶喜(2017)『鉄道と観光の近現代史』河出書房新社。
  • 山下晋司(2011)「移動のテクノロジー:鉄道と近代ツーリズムの誕生」山下晋司編『観光学キーワード』有斐閣、pp.62-63。

 

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