危機と困難の時代に生きる
私たちは今日、自然災害や感染症、テロや紛争、政治・経済危機などが頻発する、不確かな時代を生きています。しかもそれはテレビやインターネットのなかで「対岸の火事」のように静観できるようなものではなくなりつつあります。
観光は、そうした世界の情勢や自然災害から強く影響を受ける産業です。「観光は平和へのパスポート」という標語がありますが、他方で観光は平和でなければ実施できない側面が大きいと言えるでしょう。感染症が大流行していた時期は観光もストップしました。
そして「人新世」における地球規模の環境問題が露呈しているいま、観光という営み自体が、二酸化炭素の排出やエネルギーの消費、混雑の生成などをつうじてその原因となっていることも明らかになっています。
不確かな時代のなかで観光をすること、そして、観光自体が社会や自然をより不確かなものにしつつあることをいかに考えていけばよいのでしょうか。今回の記事では、そのヒントとして「レジリエンス」というキーワードを紹介したいと思います。
レジリエンス
レジリエンスという言葉は、心理学や災害研究などの文脈で検討されてきた言葉で、きわめて簡単にいえば「対象をよりよく維持するために、再構成するための力」を指し、より抽象的に言えば「しなやかさ」や「打たれ強さ」のニュアンスを示します。輪ゴムを引っ張ったら伸び、そして手を離せばもとの形に戻るように、外的な影響に対し、それを受け止めるために必要な変化をしながら、自らを維持していくための力のことをイメージするとわかりやすいかもしれません。
もともと生態学の分野で提起されたこの概念ですが(Holling, 1973)、その後この概念は、「災害などの危機を切り抜け、効果的で効率的な復興に取り組むための地域が持つ潜在力」(アルドリッチ 2015:9)などとして、災害や地域復興の文脈でも応用されていきます。
観光の文脈でも、サステナビリティとならんで注目を高めてきています。たとえば2020年に沖縄で開催されたツーリズムEXPOジャパンでは「コロナ感染を乗り越え、強靭で持続可能な観光成長を目指す」というテーマが打ち出されています。このように、新型コロナウイルス感染症による影響を甚大に受けた観光産業がそうした脅威やリスクといかに「柔軟に」向き合い、いかに「よりしなやかな」観光のあり方を新しく考えていくことができるかを検討するための視点がレジリエンスです。これまでの観光のあり方を再考し、これからの時代に必要な観光のかたちを再構成・再想像していくための手がかりとなるものですね。研究においても、観光の「ビジネス」としての危機対応能力や産業維持の能力に関する議論、それから、不安定な社会状況の中でも観光を支える地域やコミュニティ、公的機関の関係性や活力を維持していく能力に関する議論などとして、観光とレジリエンスは検討されてきました(Lew 2014)。
「観光レジリエンスサミット」
直近の2024年11月9日~11日には、仙台市にて「観光レジリエンスサミット」と呼ばれる国際会議が開催されました。
観光レジリエンスサミットとは、観光庁が世界観光機関と連携して開催する国際会議であり、地震などの災害や感染症危機に対する「観光の強靭性」を検討するための場です。
震災をはじめとする自然災害や感染症は、世界中で共通して経験した危機といえます。もちろんその内実は異なりますので、世界各地での状況や対応策を共有し合うことが目指されています。
防災+観光
この国際会議の会場となった仙台では、数多くの自然災害を乗り越えてきた宮城県の集合知や教訓を生かした防災観光の取り組みが進んでいます。
東日本大震災被災時における避難ルートとその多様性をツアーをつうじて伝えたり、震災の遺構を見学しながら当時の経験や教訓を学ぶ講座や「防災ゲーム」など、さまざまなコンテンツをつうじて、過去の災害経験を観光を通して将来世代や世界へと発信しようとしています。
防災のことも「BOSAI」と英語で表記し、「事前の災害対策、発災後の緊急対応、さらに復旧・復興の段階を含めた包括的な取り組みを指すことのできる言葉」として世界にその考え方を発信しています(https://bosaikanko.jp/attraction/)
ホープツーリズム
福島県では、同県が地震・津波・原子力災害という3つの「複合災害」を経験した唯一の場所であるとして、「複合災害の教訓等から「持続可能な社会・地域づくりを探究・創造する」福島オンリーワンの新しいスタディツアープログラム」の「ホープツーリズム」をすすめています(https://www.hopetourism.jp/about.html)。
災害の経験を記憶として継承するだけでなく、教訓を未来の防災に繋げ、それを参加者自身の「自分事」の問題として引きつけて学ぶための「対話」「体験」「ワークショップ」といった各種プログラムが準備され、地域の復興と参加者の「学び」の両立が目指されています。福島の「いま」「ありのまま」を知るだけでなく、そこから私たちの「未来」に向けて考えを深めていこうとするねらいが、「ホープツーリズム」という名前には込められているといえるでしょう。
観光を通じて経験を共有する
観光という入り口から、被災地の状況やそこで生きている人びとの声に触れ、これからの社会のあり方を捉え直していくこと。これも、サステナブルな旅のひとつの形と言えるかもしれません。
また、防災観光やホープツーリズムは、災害などの危機に直面するなかでも観光を学びや経験の共有のための手段として再構成・維持していく、「レジリエンス」に深く結びついた試みとして理解することもできますね。これからの観光のあり方(観光自体の持続可能性)を考えていくうえでも、多分に示唆に富んでいるはずです。
参考文献
- アルドリッチ・D.P. (2015)『災害復興におけるソーシャル・キャピタルの役割とは何か――地域再建とレジリエンスの構築』 石田祐・藤澤由和訳、ミネルヴァ書房。
- Holling, C.S.(1973). Resilience and stability of ecological systems. Annual Review of Ecology and Systematics, 4. pp. 1-23.
- Lew, A. (2014). Scale, Change and Resilience in Community Tourism Planning, Tourism Geographies, 16(1): 14-22.
立教観光研究所 研究員。立教大学大学院観光学研究科 博士課程後期課程修了。博士(観光学)。専門は文化人類学、観光研究、モビリティ研究。北海道札幌市出身。
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