31年の人生のうち、24年間”推し”ているアーティストがいます。彼らがデビューした瞬間からすっかりファンになった私は、当時小学生ながら「彼らの生まれ育った島に行ってみたい」と思い続けてきました。ただ、大人になって自由に旅行ができるようになっても、仕事が忙しかったり、コロナで自由な移動が制限されたりと、アクセスがよいとは言い難いその島に、いつか会えたらと思いつつなかなか訪れることができずにいました。
しかしこの度、とうとうその地に足を踏み入れたのです。なぜか前夜から緊張し、島へ渡る橋を通った時点で推しへの気持ちがこみ上げてバスの中でひっそりと泣いてしまうくらい個人的な旅行だったため、記事を書こうとは思っていませんでした。そもそも推し活は消費的な意味合いが強く、このテーマでサステナブルな旅を語ること自体、雲をもつかむような難しさがあると思っていたくらいです。
ただ、いざこの土地を訪れてみると、「推し活の聖地巡礼」とサスタビが目指す「サステナブルな旅」の間には重なる部分があると感じたので、筆をとっています。
推しへの愛が防ぐ「旅の恥は搔き捨て」
推し活とは、自分の好きなアーティストやタレント、キャラクターなどに対して、愛でたり応援したりする活動を指しています。自分の好きな対象、つまり「推し」のイベントに参加したり、グッズを購入したり、具体的な行動は多岐にわたります。
中でも気合の入った推し活が、推しにゆかりのある土地をめぐる聖地巡礼です。今回私が訪れた因島はポルノグラフィティの2人の出身地ということで、ファンの間では島そのものが聖地のような位置づけになっています。
そのため島の方々は彼らのファンが島にやってくることに慣れていて、会話の最初からこちらがファンであることを前提として進むことが多くありました。例えば、レンタサイクルを借りるときも「ポルノのファンならこのトンネルまで行くでしょう、ならこの道がいいよ」といった具合です。つまり島の中では、常に自分が「ポルノグラフィティのファン」として見られていることになります。
この認識が、旧態依然かつアンチ・サステナブルな「旅の恥は搔き捨て」という考え方を防ぎます。「旅の恥は搔き捨て」がまかり通っていた時代は、旅人は地元住民にとって必ずしも好ましい存在ではありませんでした。旅人が「旅行中くらいなら」と気が緩んで犯す小さな迷惑行為(例えばごみのポイ捨てなど)が、地域に悪影響を与えていたためです。
しかしこれが推し活の聖地巡礼となれば、自分の行為は現地において「〇〇のファンの行為」として受け取られます。そのため、ネガティブなことをすると「〇〇のファンは素行が悪い」といったように、自分だけでなく自分の推しの評判を下げてしまいます。何千人、何万人といるファンのうちたった一人にすぎないはずの自分が、まるでファン代表のように推しの印象を左右してしまう。そう思うと自然に、日頃と同じくらい、もしくはそれ以上に「ちゃんとしなくては」と背筋が伸びます。
「推しの印象を下げてはならない」という意識が、「旅の恥は搔き捨て」という気の緩みを防ぐのです。
旅先にポジティブな影響を与えたいというモチベーション
このように聖地巡礼では、ファンである旅人が現地の方の生活を邪険にしないで、誠実に行動します。それだけでなく、推しの評判を上げるため、旅先に対してよりポジティブな影響を与えようとするケースもあるでしょう。
私自身因島にいる間は、ひとりの夜を楽しもうと入った居酒屋、ふらっと立ち寄ったカフェ、休憩がてら来た公園など、あらゆるところで「あなた、ポルノグラフィティのファン?」と話しかけられました。そこでは良い印象を持ってもらえるよう、自然といつも以上に愛想よく受け答えをしていました。
また「ポジティブな影響」の一つに、現地にお金を落とすという行動があります。実際に聖地巡礼では、「推しにゆかりのある場所にお金を落としたい」という明確な意思のもとに購買活動をする方が多いです。
もちろん、推しに縁のあるものを買って手元に置いておきたいという気持ちもあるのですが、それとは別に「この土地をうるおしたい」という明確な気持ちが生まれます。このように旅先でポジティブな影響を与えることも、サステナブルな旅の一面です。
ファンのコミュニティによる地域の活性化
もともと観光資源がなかった土地でも、ある有名人や有名作品が生まれることで聖地巡礼の目的地となり、外部から一気に人がやって来ることがあります。そうして集まってきたファンたちがコミュニティを形成し、地域を活性化するケースは珍しくありません。因島では単に旅行として訪れるのではなく、ポルノグラフィティをきっかけに移住をしている方も複数います。
また、地元の方がファンとしてコミュニティの要を果たすケースもあります。一例を挙げると、2020年12月に開業したHUB INNは、ポルノグラフィティのファンである松本さんが運営するホテルです。18歳で大学進学と同時に島を出た松本さんは、「地元に戻ってもできることがない」と感じ、京都や東京で働いていました。
しかし2018年に尾道市内(因島は2006年に尾道市と合併しました)で開かれたポルノグラフィティのライブに参加し、全国のファンが「因島が好き」と足を運ぶ姿を見たことがトリガーとなり、地元への思いが強まっていったそう。
宿のある土生商店街は昔に比べてお店が減ってしまったそうですが、HUB INNの宿泊者が近くの商店で買い物や食事をすることで、少しずつ活気が戻ってゆく気配を感じました。今年は「HUB INN 離れ」もオープンしさらに多くの方を受け容れる体制が整うということで、地元地域の活性化がさらに進みそうです。
ファンの間でも、「HUB INNに泊まって、ここを観光して、ここで食事をした」といった情報がSNSで共有されており、コミュニティとしての盛り上がりも期待できます。
また、聖地巡礼は「一度経験すれば満足」となることも多いですが、旅先でお気に入りの場所ができたり、地元の方とのつながりができたりすると、「もう一度行きたい」というモチベーションになります。HUB INNは、松本さんの魅力はもちろん、ファン心をくすぐる様々な仕掛けが施されており、まさに再訪の目的地となりえる場所です。
何度も足を運びその土地との関係性が深まっていくことは、サステナブルな旅の大切な要素です。
推し活とサステナブルな旅の親和性
旅先に悪影響を与える振る舞いを控えること、旅先にプラスになる行動をしたいと思うこと、地域の活性化に一躍担うこと。これらはすべて、サステナブルな旅を実現する上で欠かせません。
とはいえ、これはすべての聖地巡礼に当てはまらないことも事実です。
因島に関しては、ポルノグラフィティのお二人が事あるごとに島の名前を出したり、地元の学生を招待してライブを開いたりと、長年にわたって地域貢献を続けてきたことが功を奏し、町全体でファンを受け容れる土壌が形成されました。住民だけでなく、因島観光協会など自治体レベルでファンをもてなしているほどです。
一方で全国には、何かの作品が爆発的に流行った結果、マナーの悪い方も集まり地元の生活を荒らしてしまったというケースもあります。だからこそ、聖地巡礼という行為を全肯定することはできません。実際に私自身、因島を訪問する前は「推し活は消費の意味合いが強いから、サステナブルな旅とは縁がないのではないか」と考えていました。
しかし今では、そうは思いません。私にとって今回の因島への聖地巡礼は、「人生のほとんどの期間、ポルノグラフィティを愛していて良かったなあ」と思うのと同時に、聖地巡礼にはこのようなポジティブな面があるのかと気づくきっかけとなり、とても実りの多い滞在になりました。
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