観光の功罪と持続可能な観光 ―― 持続可能な社会のための観光学 Vol.3

コロナ禍の前後で、観光に対する世の中の見方はがらりと変わりました。経済効果一辺倒の議論から、それ以外のさまざま観点から、観光を評価し直そうという考え方が広がりつつあります。

地球環境にとって、人類文化にとって、地域の人々にとって、旅人個人にとって、旅はどのような影響を及ぼすのでしょうか? ポジティブな側面とネガティブな側面の両方を、中立的な視点から分析します。

観光の経済効果

観光が日本経済の成長分野として位置づけられ、地方創生の切り札として期待される理由は、経済効果が期待されているからである。観光の経済効果は以下の4点。

第1に観光投資効果である。ホテルや観光施設などの観光投資が起こると、域外からの直接投資によって多くの資金が地域内に還流し、開発過程で経済効果が波及していく。

第2は、観光消費効果である。観光消費とは、観光者が地域内で行う消費活動のことである。①宿泊費、②飲食費、③物販費の3つが観光消費の主な要素である。観光客が観光地を訪れて、様々な消費活動を通じて観光産業の収入が増える。

第3に雇用創出効果である。観光産業は労働集約型産業とも言われ、地域に多くの雇用を生み出す。

第4に経済波及効果がある。観光消費によって資金が域内で還流していくことで、観光産業以外にも波及効果をもたらしていく。これをリンケージ効果(乗数効果)と呼ぶ。例えば、観光客が増えれば旅館で提供される食材を納入する地域の農林水産業者や食品加工業者にも資金が流れていく。

しかし、コロナ禍で観光は不要不急の対象となり、経済一辺倒で語られてきた観光の社会的有用性は、一時的にせよコロナによって粉砕された。観光の有用性に揺らぎが生じ、特に観光に従事する人びとにとっては存在意義を問われる状況を経験した人は多い。

観光再生の課題は、経済や産業に偏った観光の理解を是正することであるように思われる。観光学を基礎から学んだ人がまだまだ少ないこともあろうが、改めて観光のもつ多様性と可能性に光を当てることが、観光の社会的有用性に磨きをかけることになる。

幅広い観光の効用

経済効果以外の観光の効用を整理すると下記がある。まず文化の保全とアイデンティティ醸成。例えば、過疎化によって後継者が不足に悩む伝統工芸や伝統芸能は、観光の活用によって持続可能になる。また、地域の固有価値である文化財を観光利活用することで、地域のアイデンティティや誇りを醸成することにもつながる。

次に、インフラ整備による間接的利益。観光地化するプロセスで、道路、橋、水道、公園、トイレなど社会インフラン整備が進む。景観を改良するための道路の電線・電柱の地中化は、地震や台風などの防災上も有益だとする研究もある。

そして、平和と異文化理解。「観光は平和へのパスポート」とは、国連総会で1967年に「国際観光年」のスローガンとして定めたものである。

ここでは「観光が発展途上の国々の経済成長の上にきわめて重要な貢献をなすばかりでなく、世界各国の人々の相互理解を推進し、種々の文明の豊かな遺産に対する知識を豊富にし、また異なる文明の固有の価値をより正しく感得させることによって世界平和の達成にも大きな役割を果たすものである。」と述べられている。

人が旅をしようとする観光動機の背景には、大きく3つの心理的背景があるとされる。第1に日常の呪縛から解放されたいという逃避欲求。気分転換や気晴らしは、肉体的精神的な健康をもたらす。

第2の観光動機に友人・家族との団らんなどの関係性欲求。帰省、ハネムーン、家族旅行、職場旅行、修学旅行などは、人間関係の強化や親睦を深めることに寄与する。同じ釜の飯を食うことで、社員同士のコミュニケーションが活性化することがあるように、日常から離れて旅をすることで新たな人間関係を再構築できる。このように観光によって、人間の身体的・精神的な充実を図ることができる。近年では、観光の認知症の予防効果、ウェルビーイング(幸福度)効果に関する研究も進んでおり、新たな活用が期待される。

第3の観光動機として、未知へのあこがれ、好奇心などの新規性欲求がある。かつてゲーテは2年近くかけた古代ローマの文化に接しようとした旅を、詩才と魂の再生であったことを『イタリア紀行』で述べている。また、16~18世紀に広まったグランドツアーは、イギリスの貴族たちの子弟がお抱え教師の案内でフランスやイタリアなどへ行き、教養を積むための修学旅行であった。危険を冒してでも何かを得ようとする旅は、旅人個人の成長はもちろん、創造やイノベーションにも寄与する。個人の強い好奇心と国の政策が合致して、旅によって新たな時代が切り開かれた例は数多い。

観光の負のインパクト

①漏出効果

第1に地域へ利益が還元されにくいことである。例えば、旅館の食材が地域の農産物を使用すれば地域の農家も潤すが、輸入食材に頼ると地域内で潤うのは旅館だけとなる。

また雇用の面でも利益が還元されないこともある。訪日外国人に対応するために外国語が担当な人材が地域にいなければ地域外から人材をもってくるしかない。人材の移住によって人口増が伴えば地域への波及効果は高まるが、大型クルーズのように一時的なものであれば雇用効果は望めず、都会のガイドの出稼ぎで終わってしまう。

このように資金が地域外へ漏出する現象をリーケージ効果と呼ぶ。観光の経済効果を高めるためには、狭義の観光産業だけが潤うことではなく、その取引を通じて域内のその他の産業まで資金が還流することが重要である。従って、地域内での調達率または内製率を上げ、高い付加価値を生み出す人材育成が肝となる。

②観光公害

近年、バルセロナ、ベネチアや京都など世界的な有名観光地では、大量の観光客が押し寄せること(オーバーツーリズム)で住民の生活環境の劣化を招くという観光公害の報告がなされるようになった。

例えば、京都や鎌倉では、大量の観光客の流入によってバスや鉄道などの市民の足が混雑によって利用困難になるケースもある。ハワイや宮古島では観光客流入を見込んだリゾート開発によって地価が急激に上昇し、物価上昇によって観光に関与しない住民が生活苦で地域を離れていくケースもみられる。住民不在の観光地化は、住民生活の空洞化を招くテーマパーク化とも呼ばれる。

オーバーツーリズムとは、許容量以上に観光客が地域内に流入することによって起こる様々な負のインパクトである。いまや観光は観光者と観光産業のなかだけで完結する話ではない。観光に関与しない人びとへの影響も考慮するする必要がある。

③自然環境負荷

オーバーツーリズムの影響は、自然環境にも影響を与える。自然環境負荷への対応策について、キャリング・キャパシティという概念がある。キャリング・キャパシティとは、人為的に手を加えても生態系が安定した状態を継続できる人間活動の上限を指す。自然は一度失うと再生するのが難しい。環境を維持するための何らかの制限は必要である。

④ブーム主義と急激な文化変容

観光客の急激な流入によって観光地が荒らされる場合がある。都市部にある旅行会社やマスメディアは、消費者の嗜好に敏感に反応することがよしとされ、流行をつくるまたは乗ることが求められる。

地域側が旅行会社やマスメディアの要請に沿って、新たな流行に乗ろうとブームを作っても数年後には流行は終わり、閑古鳥となる。そのとき都市部の旅行会社やマスメディアは、流行が終われば次の流行に移ればよい。しかし、地域側はそうはいかない。地域は簡単には変われない。

都市部の旅行会社やマスメディアは、流行やブームを求めるが、地域側が求めるのは不易、持続可能性である。地域に長年根付いた固有の文化を無視して、ブームによる急激な観光地化によって地域文化が激変し、住民のアイデンティティ、誇り、愛着を破壊することもあり得るだろう。小規模自治体の大型クルーズの寄港、アニメの聖地巡礼化などは注視する必要がある。

⑤感染症の拡散

感染症の拡散も観光の負のインパクトである。感染症はウイルスがヒトの飛沫を媒介してヒトからヒトへ伝染する病である。人間の移動が拡散すれば、その分ウイルスも拡散する。新型コロナウイルスは、中国武漢が由来と言われるが、いまや世界最大の海外旅行者数を誇る中国が発生源となったことが、新型コロナがパンデミック(世界的流行)になった最大に要因であることは推察できる。コロナが収束後も、PCR検査義務化やワクチンパスポートの導入など検疫のあり方が再考されることは間違いない。

GoToキャンペーンの功罪

GoToキャンペーンは、新型コロナによる打撃を受ける観光産業への支援策として、政府は2020年に観光需要促進策として実施したものである。しかし、人流促進による感染拡大への懸念(現時点で科学的に因果関係は明らかになっていない)、観光産業に対する優遇策への反発、富裕層に限る優遇策への不満などからGoTo施策は2020年12月に停止された。

もともとGoToキャンペーンは、感染収束後の需要促進策として立案されたものである。感染収束が見通せない中での見切り発車となり、結果的に収束に対する見通しの甘さがあったことは否めない。また政府主導による全国一律の基準も運用面で課題を残した。こうした反省にたって2021年から、感染者数が抑えられている地域に限り、地方自治体が行う観光振興券に国が支援する柔軟な仕組みに変えたことは評価ができる。

GoToキャンペーンは、恩恵を受ける人びとが観光産業に留まらず、その波及効果によって恩恵を受ける人が多いすそ野が広い観光産業の特異性が期待されて制度設計されたもので、それ自体は評価できる。しかし、感染収束の見通しが立たない中で、特に観光に関与しない人々からの反発は大きかった。

ここから学びとることは、観光は、観光をする人、観光産業だけで完結するレベルの現象ではないということである。いまや観光は、観光に関与しない人びとへの配慮も考えるべき現代社会を象徴する社会現象として理解する必要がある。それだけ観光の社会のなかでの存在感が高まっているのだ。

このように観光は、良い面もあるが悪い面もある「両刃の剣」である。その意味では、観光を盲目的に推進することではなく、悪い点を最小化しつつ、良い点を最大化するリテラシーが求められる。観光は万能の薬ではない。その効果を精査しつつ、観光者、観光産業、地域住民、地球がともにハッピーになるバランスが保たれることこそ、持続可能な観光の本質であろう。

観光の功罪

プロフィール
鮫島卓(さめしま たく)
駒沢女子大学 観光文化学類 准教授

立教大学大学院修士課程修了。専門は観光学。旅行と創造性・イノベーションの関係を研究。HIS入社後、経営企画、ツアー企画、エコツアー・スタディツアーなど事業開発、ハウステンボス再生担当。JICAの専門家としてミャンマー・ブータンで住民主体の持続可能な観光開発(CBST)を経験。2017年より駒沢女子大学観光文化学類准教授。帝京大学経済学部兼任講師。ANA旅と学びの協議会アドバイザー、澤田経営道場講師。

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