鏡が旅の必需品に?忘れられた旅の楽しみ方

鏡が旅行の必需品?

昔の旅では「鏡」がある種の「旅の必需品」だったことをご存じでしょうか。旅で、手鏡やコンパクトを使うとなると、「昔の人は、旅の最中でも身だしなみに気を遣ったのかな?」と思われる方が多いかと思います。

しかし、昔の旅において鏡は、じつは「自分自身を見るため」ではなく「景色を楽しむため」に用いられていたのです。今日の旅や観光の必需品といえば、カメラを挙げる人が多いと思いますが、「鏡」はカメラに代わる存在だったといえる側面があります。

今回の記事では、そのような「鏡」を使った昔の旅の楽しみ方をご紹介します。

クロード・ミラー

こちらが今回ご紹介する鏡、「クロード・ミラー」です。「クロード鏡」「クロードグラス」などとも呼ばれています(クロードグラスは、厳密には少し違う物を指しますが)。

https://www.pinterest.co.uk/pin/the-mystical-objects-of-john-dee–377809856258505656/

 

こちらがクロードミラーです。少し丸みを帯びてでっぱりのある、黒い鏡です。その見た目から「ブラックミラー」「グレイ・グラス」と称されることも。「グレイ・グラス」という名は、黒い/灰色という見た目ではなく、1775年に『Journal of his Tour in the Lake District』という書籍を著し、書籍のなかでこの鏡の使用方法を一般に流布したとされる詩人トーマス・グレイの名前にちなんでいます。この鏡が、18世紀以降の画家や旅行者に愛用されていたのです。

クロードミラーは、17世紀の風景画家クロード・ロランという方にちなんで命名されたと言われています。クロードロランは、光と影の陰影を強調して自然の雄大な風景を数多く描いてきました。

このクロードグラスに映る景色は、情景や風景の色彩や諧調が抑えられ、陰影が強調され絵画のような質感となります。

http://gurneyjourney.blogspot.com/2008_01_01_archive.html

クロードミラーの使い方

クロードミラーは、風景に対して背を向けて使います。良い景色に出会ったら「後ろを向く」のです。そしてクロードミラーを顔の前にかざし、鏡に映る背後の景色を楽しみます。肉眼で景色をみるよりも、風景の輪郭がやや曖昧となり、グラデーションのある「絵画的」な景色を楽しむことができるのです。

ピクチャレスク

ちなみに、自然を絵画のように捉えようとするまなざしや価値観、すなわち自然や風景や街並みを「美的対象」として捉えようとすることを「ピクチャレスク」と呼びます。これはイギリスにおいて隆盛した「庭園美学」から提示されてきた概念で、世界を一枚の絵画のように、フレームに納め、審美的な対象として「切り取る」ような捉え方だといえます。

現代において、そのような価値観は「カメラ」に集約されていると言えます。観光にいってカメラで写真を撮らないことはほとんどありません。有名な観光スポットや風景に出会ったらまずスマホを取り出すようになっています。「スマホを通して観光している」ということもできるかもしれません(肉眼よりもスマホの画面を通して世界を観ていることに加えて、地図アプリや予約アプリなどのあらゆる旅の手段がスマホに集約されているという状況も含めて、二重の意味で。)

世界を審美的に切り取るという楽しみ方

写真は、対象をフレームによって一枚の絵のように「切り取り」、美しさを楽しむ対象に作りかえる機能をもっています。ただし、そのような世界の見方はもっと以前から存在しました。世界をフレームに描かれた絵画のように捉える「まなざし」を確たるものにしたきっかけとしては、鉄道を挙げることができます。車窓です。

そもそも「窓」こそが、ピクチャレスクな世界観に大きな影響をもたらしたことが推察されますが、鉄道もまた大きな影響を与えました。19世紀における鉄道の誕生と発達は、移動を身体的な経験ではなく「視覚的な経験」に転換させたといわれています(シヴェルブシュ 1982)。車内に座りながら、窓からガラス越しに風景を眺めることが「移動している」という感覚が生み出されたのです。それがいわゆる「旅情」と呼ばれる独特な旅の風情にも結びついてきました(窓のない電車や地下鉄で、旅情を感じるでしょうか?)

観光地に用意されたフォトフレーム

また近年では、観光地に「枠」が設置されている例も増えています。観光スポットに「フォトフレーム」が用意されている場面にであったことはないでしょうか。

富士山を撮影するための「IZU FRAMES」(https://www.nijinosato.com/information/post-1020/)

 

https://www.chita-design.com/news/work/handa_photospot/

こうした例のほかにも、Instagramのフレームや、ハート形などに切り抜かれたフォトフレームが観光地のいわゆる「フォトスポット」「映えスポット」に設けられる例が増えています。

世界をただ眺めるのではなく、「枠」を通して眺める。「枠」があるだけで、なんだかよい景色のように感じてしまう。そのような不思議な作用を「枠」は有しています。窓や車窓、フォトスポットのフォトフレーム、スマホやデジタルカメラの画面といった「枠」は、観光と深く結びついているのです。そして、「クロードミラー」も同様に、鏡という「枠」を通して世界を審美的に捉え、楽しむための道具でした。鉄道やカメラが誕生する以前の「枠」だったということですね。

鏡を旅行に持参してみるのもいいかも?

クロードミラーのご紹介にはじまり、観光と「枠」の関係についてお話してきました。

観光地や素敵な風景に出会った時に、一枚パシャリと写真を撮って立ち去ってしまう代わりに、クロードミラーをつかって景色を楽しんでみることも面白いかもしれません。昔ながらの旅の楽しみ方を楽しんでみることができます。

クロードミラーのように、黒く着色されている鏡はもしかしたら入手が簡単ではないかもしれませんが、代わりに日用の手鏡やコンパクトでもいいかもしれません。凸レンズ状の鏡があれば尚良いでしょう。カメラではなく鏡を(あるいはカメラに加えて鏡を)持参して、これまでと少し違った楽しみ方をしてみたり、昔の旅人の感覚を追体験してみたりすることはいかがでしょうか。

今では忘れられてしまった旅の楽しみ方を掘り起こすこと。これももしかしたら「サステナブルな観光」とつながるところがあるかもしれません。また、カメラだけでなく鏡もつかって、場所を色々な角度から捉えてみることは、新たな発見や再発見とつながる可能性もあるでしょう。ぜひお試しください。

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