人新世と「公正さ」
人類の活動が地球に及ぼす影響が高まり、いまや新しい地層時代的な水準にまで達していることを示す「人新世」という概念。サスタビでもこの「人新世」というワードについて紹介をしてきました。


上に紹介した以前の記事でも触れたように、資源やエネルギー消費の増加、大規模な自然開発など、今日の環境問題や気候変動の原因となってきた人類活動の多くは先進諸国や新興国によって引き起こされてきたものであることが指摘されています。
たとえば気候変動の原因と考えられている二酸化炭素の排出量は中国、米国、ドイツ、インド、ロシア、日本などの国々に偏って顕著であり、太平洋諸島の国々やアフリカなどの諸社会とは比較にならないほどの規模となっています。チェコ系カナダ人の科学者・政策アナリストであるヴァクラフ・スミル(Vaclav Smil)によれば、「サヘル地域の遊牧民の生業的経済(アフリカ)と、カナダの人びとの平均的なエネルギー消費量の差は、1000倍以上にのぼる」(Smil 2008:259)といいます。
今日、地球全体での持続可能な社会の実現が叫ばれていますが、自然環境と共生してきた遊牧民や生業経済社会はある意味でそもそも「持続可能な社会」を生きてきたことは忘れてはいけないでしょう。それ以外の一部の国々が、そうした持続可能な社会を生きてきた人びとの生活を脅かしてきた歴史的な過程が存在している側面があります。この点についてインドの歴史学者、ディペシュ・チャクラバルティは、気候変動や環境悪化の結果生じる自然災害に最も苦しめられているのは途上国の社会や先住民社会であると指摘しています(Chakrabarty 2015:139)。
超富裕層の影響力
11月12日、ナショナルジオグラフィックでは、「自家用ジェットの「途方もない」CO2排出量、全体像が初めて判明」という興味深い記事が公開されました(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/24/111100609/)。
プライベート・ジェットによるCO2排出量が2019年以降増加しているとのことです。「プライベートジェットを定期的に利用する人々は、世界の平均的な人と比べて1年間に約500倍ものCO2を排出したケースもある」といいます。そして同記事によれば、その莫大な二酸化炭素排出量をほこるプライベートジェットを所有している人の割合は、世界人口のわずか0.003%だそうです。
その記事でも紹介されていますが、Stefan Gössling, Andreas Humpe、Jorge Cardoso Leitãoの3者は、「Private aviation is making a growing contribution to climate change」と題された論文を著し(Gössling, Humpe and Leitão 2024)、商業航空(航空会社による旅客や貨物の輸送)とプライベートジェットの二酸化炭素排出量を2019年-2023年にわたって比較しました。
その結果、2023年では25,993機のプライベートジェットによって約1560万トンのCO2排出がなされ、同年の商業航空全体が排出したCO2量の1.7~1.8%に相当したといいます。商業航空全体からみれば割合として少なく見えますが、乗客一人当たりの二酸化炭素排出量として考えれば、プライベートジェットでは1度の飛行で平均して約3.6トンのCO2を排出するといい、商業航空における乗客当たりの排出量よりも圧倒的に多くなります。しかも同論文では、プライベートジェットによる飛行の半数近くが500キロ未満の短距離飛行であり、50キロ未満というきわめて短い距離をプライベートジェットで移動するケースも全体のうち約5%存在したと明らかにされています(なお国ごとのプライベートジェット利用数の分類では、米国が最も高い割合であったと指摘されています)。
私たちの努力は無意味?
こうしたニュースを見てしまうと、私たちひとりひとりが地道に実践しているサステナブルな取り組みにどこかやるせなさも感じてしまうかもしれません。「自分が努力したところで、プライベートジェットを乗り回す人たちの意識が変わらなければ大勢も変わらないのでは?」と。そのような疑念や虚無感に向き合うことのできる言葉や考え方が、持続可能な社会を進めるうえで用意されていく必要があるように思います。
もちろん、超富裕層や大企業、一部の国家活動といったきわめて影響力の大きな主体がサステナビリティに意識をより傾けていくことはいうまでもなく必要不可欠です。他方、私たちもまた一人ひとりが小さな活動の積み重ねをしていかなければ、企業や富裕層や国家だけが変わったとしても現状の課題は改善されないかもしれません。「塵も積もれば山となる」という言葉もあるように、一人ひとりが、可能なレベルの行動を実践していくことが大切でしょう。なぜなら日本に生きる私たちも、海外の別の国・地域と比較すれば多くのエネルギー消費や二酸化炭素排出を行っているのであり、私たちが超富裕層に向ける疑念と同じものが、別の地域から私たちに向けられている可能性もあるはずだからです。「もっと悪いことをしている人がいる(だから私を咎めるな)」といった他責的な思考や、それに基づき自分自身の実践の可能性を自ら諦めてしまうような考え方に陥らないよう気を付けたいですね。
「自分の努力に意味があるのだろうか」という疑念は、①その努力の結果がすぐに成果として可視化されないこと(上掲記事参照)と、②自らよりもはるかに大きな主体の影響力と比較して些末なものに感じられてしまうこと、という2つの理由によって生まれ、大きくなってしまうといえます。その思考を相対化し、サステナブルな努力のもつ意味をより豊かに考えていく方法を考えていきたいですね。それも、分断ではなく連帯につながるような仕方で。
サスタビでも、実際の旅の場面で挑戦することのできるサステナブルな取り組みについて紹介をしています。サスタビ20ヶ条や、サステナブルな取り組みを実施している「サスタビスポット」をぜひご覧ください!ひとりひとりの小さな「ひとつずつ‥」を積み重ねていきましょう。
参考文献
- Chakrabarty, Dipesh (2012). Postcolonial Studies and the Challenge of Climate Change. New Literary History. 43(1):1-18.
- GösslingStefan, Andreas Humpe & Jorge Cardoso Leitão (2024).Private aviation is making a growing contribution to climate change. Communications Earth & Environment 5, 666 (2024). https://doi.org/10.1038/s43247-024-01775-z.
- Smil, Vaclav(2008).Energy in Nature and Society: General Energetics of Complex Systems. The MIT Press.

立教観光研究所 研究員。立教大学大学院観光学研究科 博士課程後期課程修了。博士(観光学)。専門は文化人類学、観光研究、モビリティ研究。北海道札幌市出身。
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