旅先で勇気を出し、住宅街の真ん中にあるこじんまりした居酒屋の引き戸をガラガラと開ける。途端、女将さんと常連客らにぎょっとされ、「ああやっぱり」と後悔するも引くに引けず「一名なんですが……」とか細い声で客であることをアピール。何とか席に着いたものの「あの人、だれ?」という視線に耐え兼ね、ビール一杯とつまみ2品をさっと胃に流し込み、そそくさとお勘定をして逃げるように帰る。その姿は、退店というよりもはや敗走。
旅人のみなさんは、そんな経験が一度はあるのではないでしょうか。「せっかく旅に来たのだから、地元の人と交流できそうなお店に行きたい!」と思い、いかにも観光客向けのお店は避けた結果、こんな失態をおかしてしまうのは決して珍しいことではありません。
旅好きかつ無駄なチャレンジ精神にあふれた私にも、こういった経験が何度もあります。だからこそ、他の人にはこんな虚しさを感じてほしくありません。
そんな切なる願いを持った私が、旅人たちに自信をもっておすすめしたいのが「蒸籠食堂 かえる」です。三浦半島の最奥部、潮風が香る港町にたたずむこちらのお店では、ふらりと立ち寄った旅人も、地元の方と楽しくおしゃべりをしながら地産地消の野菜や点心を楽しめます。
店主を務めるのは、この町の軽やかで温かな雰囲気をそのまま体現したような、古矢美歌さん。製菓学校を卒業後、都内でフードコーディネート事務所やフード系メディアの編集などを経験した後、2020年に三浦に移住し、仲間とお店をオープンされました。
蒸籠食堂 かえるを訪れると、真っ白で温かみのある壁に、アンティークな雰囲気のある扉が目に飛び込んできます。そして初めての方に心強いのが、看板にある「1杯でもお気軽にどうぞ!」の文字。こういった一言があるだけで、お店に入る勇気が出ますよね。
思い切って扉を開けると、常連さんに「なんだこいつは」とじろじろ見られる……ということはもちろんなく、店主の古矢さんが明るい声で迎えてくれます。
この古矢さんのお話こそ、蒸籠食堂 かえるをサスタビにて紹介させていただきたいと思った最大の理由でした。
サスタビでは「サステナブルな旅」がしたい方におすすめのスポットなどを紹介していますが、一口に「サステナブルな旅」といっても、その内側にはいろいろな意味を包含しています。地球環境に優しいことや地産地消を実施していることなども当てはまりますが、「みんなが足を運ぶ観光地だけを巡って、自分だけで完結する旅」ではなく、「地域に根差した方々と交流する旅」も、サステナブルな旅の範疇にあると考えています。
古矢さんは「お店を旅人も地元の人も老若男女も、誰もが安心して過ごせる店」にしたいと考えているそうです。実際にお店には、観光客、地元の方、移住者、二拠点生活者など、多様なバックグラウンドの人々が集まっています。
いわば、この町で時間を過ごす人の「ハブ」となっている、蒸籠食堂 かえる。その店主を務める古矢さんは、移住者でありながら三浦に深く馴染んでいるように見えました。
というのも、開店前に行われた取材中、地元の少年がふいにやってきて、古矢さんに「あげる」とお菓子を渡して少し照れたように帰っていくという出来事が。営業中も常連さんが次々とやって来て、「北海道に行ったから、お土産」と渡しに立ち寄る方の姿もありました。古矢さんがこの町を必要としているのと同じくらい、この町も古矢さんとこのお店を必要としているのだなと感じられました。
そして、東京から三浦に移住した古矢さんが良い意味でこの町にとらわれすぎていないのは、お店を切り盛りする傍ら、Webの仕事をしているからかもしれません。休日はお店を開き、平日は三浦や横須賀付近でパソコンを開き、編集のお仕事をしているそうです。
古矢さんはもともと色々なことにチャレンジすることが好きだったとのこと。二足の草鞋を履くことで、それぞれから刺激をもらえ相乗効果もあるそうです。
三浦の野菜やお手製の点心をこころゆくまで味わう
蒸籠食堂 かえるの魅力は、古矢さんの人柄だけではありません。お料理はどれもおいしく、どこか安心するお味です。
「蒸し野菜つめあわせ」は、複数の農家さんから仕入れられた旬の野菜6~8種類が楽しめる一品。地産地消で三浦の野菜の味をダイレクトに感じられる、編集部おすすめのメニューです。
「蒸し鶏 特製ねぎだれ」は蒸気でふっくら火の通った鶏肉に、お手製のさっぱりしたねぎだれがかかっています。添えられた野菜は甘みが凝縮されていて、手が止まりません。
「もちもち蒸し餃子」は、ジューシーなお肉がもっちもちの手作り皮に包まれ、絶妙なバランス。ナンプラーとレモンと砂糖という、異国情緒を感じられる食べ方でいただきました。
しめのおすすめは、「魯肉飯(ルーローハン)」。スパイシーなのに辛くない、子供や辛いものが苦手な方も安心して食べられる一品です。
どれも古矢さんが丁寧にこしらえ、素材の味を感じられるシンプルな味付けです。
ドリンクはメニューの通り、自然派ワインがおすすめ。今も勉強しながらいくつかの種類を扱っています。
アルコールが飲めない方やお子様のために、ソフトドリンクも充実。種類豊富な中国茶のほか、台湾アップルサイダーや国産塩トマトジュースなど、つい目移りしてしまいます。
こちらの写真奥にあるドリンクは、おばあちゃんのしそジュース。畑仕事が得意なおばあちゃんが仕込んで送ってくれるんだそう。その時期ならではの味をソフトドリンクでも楽しめるのは、とても嬉しいですね。
お店で扱う隠れた人気商品が、こちらのパン。三浦で小麦を育てる人気パン屋さん「充麦」がビストロと共同でオープンした「3204 bread & gelato」の商品が、夕方以降は蒸籠食堂 かえるに並べられます。古矢さんがお店に通っていたことがきっかけで縁ができ、3204 bread & gelatoの余ったパンがお店で販売されることになったそう。食品ロスを生まない、サステナブルな取り組みを垣間見ることができました。ほかにもお店では、環境に優しい洗剤を使うなどされています。
「満ち足りた一人の時間」を過ごせる大切な場所
昔から「いつか自宅の下でお店を開きたい」という思いを持っていた古矢さん。その思いを叶えた蒸籠食堂 かえるは、地元の人にも旅人にも居心地のよい場所になりました。お店の看板にあった通り「1杯だけ」でも入りやすいカジュアルな雰囲気で、老若男女問わずだれでも楽しめる空間です。
また、女性でも安心して一人飲みができるよう、お客様を放任しすぎず、干渉しすぎず、みんなが心地よく楽しめる空気づくりをされています。「一人でお酒を飲んでみたいけど、ちょっと不安」という女性にも、心強いです。
また、鮪の遠洋漁業で栄え外から人が入ってくることに対して抵抗のない三浦の方々は、よそ者である旅人をフラットに受け入れてくれます。お店のカウンターで肩を並べて、おいしい料理をつまみに心地よい会話を楽しめます。
取材の最後、古矢さんは「三浦は家族や友達同士で来るのもよいですが、ゆっくり一人で時間を過ごすのにもぴったりの場所です」と笑顔でおすすめしてくれました。
あちこちを巡る旅人が、人の温かさを求めて来るも良し。移住や二拠点生活の場所を探している方が、お試しで滞在するも良し。どんな楽しみ方も受け入れてくれる三浦の町と、この町を彩る蒸籠食堂 かえるに、ぜひ立ち寄ってみてください。
蒸籠食堂 かえる
住所:神奈川県三浦市三崎2-13-10
営業日:金~日曜日
営業時間:17:00〜22:00(L.O. 30分前)
駐車場:なし
Instagram:@kaeru_gohan
Twitter:三崎港そば|蒸籠食堂かえる
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