コロナ前は1年間に地球を35周していたというフォックス・タイイチさんに、世界の国々の今を聞く連載企画。第七回のテーマは「日本の入国手続き」。コロナ禍の最中、入国時の手続きは国によってさまざまですが、タイイチさんが屈指の複雑さだというのが、他でもないこの日本。その手続きの流れを紹介します。※本記事は2021年11月に行ってインタビュー内容をもとに作成しています。現在の入国手続きは、記載内容と異なっている可能性がありますのでご了承ください。
ファイザー、モデルナ以外は隔離対象
サスタビ編集部:今週は日本に帰国されている予定とのことでしたが、無事到着されていますか?
タイイチさん:はい、今は隔離期間で、大阪の日航ホテルにいます。東京だと、某格安ホテルでの隔離なので、あえて大阪にしました(笑)
サスタビ編集部:みなさん隔離になるんですか?
タイイチさん:ファイザーかモデルナのワクチンを打っていればそのまま入国できる(2021年11月時点)ようです。僕はアメリカでジョンソン・エンド・ジョンソンのを打ったので、隔離対象になりました。
サスタビ編集部:隔離期間は何日ですか?
タイイチさん:3泊して、PCRが陰性だったらホテルを出て自宅待機になります。
実は乗っていた便に、陽性の方がいたみたいで、前後の2列に座っていたら濃厚接触者扱いになっていました。運良く、離れた席だったので3泊で済みそうです。
到着からホテルまで最短2時間半。
サスタビ編集部:入国手続きはいかがでしたか? すごく時間がかかるという情報もありますが。
タイイチさん:実際、大変ですね。僕の場合、何度か経験しているので書類を先に準備しておく等の用意をしてるんですが、どう頑張っても2時間半はかかります。不慣れな方で、混雑時に手続きする場合は4時間くらいはかかるんじゃないでしょうか?
サスタビ編集部:どんな手続をするんですか?
タイイチさん:大量の紙の書類を渡されて、何箇所もある窓口(簡易テーブル)で止められます。覚えている範囲だと、
- 何日滞在予定かを聞かれ、手続き番号が書かれたバッジを渡される。
- パスポートを見せて、PCR検査用の容器をもらう。
- 容器につばを出す。
- 容器を提出する。
- 健康状態を効く書類に記入する。
- 出発国で渡された質問表を提出する。
- 追跡アプリを入れて、アプリの説明(15分くらい)を聞く。
- 医師の問診を受ける。
- PCR検査の結果を待つ。
- 手続き番号のバッジを返して書類をチェックしてもらう。
- 通常の入国審査(イミグレーション)を受ける。
- 税関手続きをする。
- 隔離先のホテルに向かうバスに振り分けてもらう。
- バスを待ち、ホテルへ行く。
- チェックインし、滞在中の注意事項の説明を聞く。
という内容でした。
サスタビ編集部:複雑ですね……。コロナ禍になって、何度目かの帰国だと思いますが、手続き内容は同じですか? 徐々に洗練されていっていればいいなと思うのですが。
タイイチさん:今回が4度目ですが、基本的には何も変わっていないですね。手続きにかかる時間はこれでもかなり短縮されたんですが、それは仕組みが変わったんじゃなくて、人間が頑張っているから。入国者自身や厚労省の職員さんが手続きに慣れてきて、ちょっとスムーズになっただけだと思います。
手続きの複雑さは日本がダントツ
サスタビ編集部:タイイチさんはいろんな国の入国審査を受けていらっしゃるかと思いますが、他国と比べていかがですか?
タイイチさん:日本がダントツ1位の複雑さですね。バーレーンは少し手続きがありましたが、デジタル活用が進んでいて、こんなにたくさんの紙を渡されることはありません。
スイスやトルコは、ワクチンパスポートがあれば、コロナ以前と同じ手続きで入国できます。アメリカに至っては、出発国のエアラインの審査だけでOKで、ワクチンパスポートすらいりません。
サスタビ編集部:ワクチンパスポートもいらないんですね!
タイイチさん:エアラインの審査を信用しているんだと思います。何かあって、入国拒否になった場合の帰国便の費用はエアライン負担なんですよ。そうなるとコストが合わないので、エアラインもしっかりチェックするでしょ? だからといって任せきりにしていいものかという議論はあると思いますが、彼らなりの考えがあるんでしょう。
サスタビ編集部:なるほど。水際対策はもちろん重要ですが、入出国がもう少しスムーズになっていくといいですね。今日もありがとうございました!
<プロフィール>
Taiichi Fox, 和田泰一
アメリカ人と日本人のハーフ。幼少時代を千葉県の館山で過ごし、高校からアメリカの公立高校へ入学。
大学時代に起業し、アメリカ本土、ハワイの不動産事業を展開。日本には電動立ち乗りスクーターのセグウェイを紹介し代理店を開設。
ロシア、上海、クロアチア、スリランカ、マカオ、コソボなど世界中で事業を起業し、なんと北極にもお寿司やさんを開設。
2008年から移り住んだ南太平洋のニウエでは、携帯電話をシステムごと寄贈し設置。首相の補佐官として活躍し、日本との国交を2015年に締結。
ニウエにおいてはソーラーパネル、電気自動車、道路補修、焼却炉等のハード面の開発を強力に推し進めると共に、映画祭やミスコンテスト開催などのソフト面でも多くの功績を残し、首相からはレジェンドと呼ばれることも。2020年にはコロナ禍において陸路と海路だけを使い、ほぼ世界一周を旅行し冒険家と言われた。
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