新しい発見や癒し、人との出会いなど、旅はいつだってわたしたちに多くのことをもたらしてくれる。もしも、余暇を利用して訪れたリゾート地が現地の豊かな自然や人や動物の生命を犠牲にした上で成り立っていると知ったらあなたはどうするだろうか。ドキュメンタリー映画『デリカド』は、“最後の秘境”とも呼ばれるフィリピンのパラワン島を舞台に、華やかなリゾート地の裏で起こる違法伐採や違法漁業の問題に命をかけて取り組む人々にフォーカスをあてた作品だ。

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観光業の現状に目を向けると、2024年の国際観光客数は推定約14憶人とほぼコロナ渦前と同等まで回復。今回作品の舞台となるフィリピンを含むアジア・太平洋地域については2025年には前年比3%〜5%のさらなる増加が見込まれているそうだ。手つかずの自然や美しい海が広がるフィリピン・パラワン島も例外ではなく、多くの観光客が非日常のリゾートを楽しむために世界各地から訪れているという。
逆境に立ち向かう環境警備隊パラワン NGO ネットワーク(PNNI)

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うっそうと茂るジャングルの中を裸足で進む男たち、どこからか響き渡るチェーンソーの音。
男たちは身を潜め、タイミングを見計らい一斉に音の聞こえる方へと突撃すると目の前には切り倒されたばかりの木々とチェーンソーが残されている。
「誰もやらないからこそ我々がやらなければならない」
このように語るのはPNNIの代表、ロバート・ボビー・チャン 弁護士。彼らの事務所を訪れると、押収したチェーンソーを積み重ねたタワーが出迎えてくれる。
違法伐採や違法漁業が後を絶たないというパラワンで、違法伐採現場に自ら乗り込みチェーンソーを押収する活動を行っており、その数は700台に達するという。また押収した漁船を展示する博物館をつくり、地域の人々へ向け世の中を変えようとしているとメッセージも発信している。
そもそもなぜ彼らは活動をする必要があるのだろうか?その答えは現地の政治的背景にある。
警察は、腐敗し実際には機能しておらず住民たちが自らの豊かな土地を守らなければならないといった状況だ。そして、活動のためにPNNIのメンバーが命を落とすことも少なくないのである。
ライフルを持ち武装した違法伐採者たちがいる中、PNNIの活動は正に命がけだ。突撃に対し散り散りに逃げ去る者や抵抗を見せない者もいる一方で、時には銃口を向ける者もいる。
NGO グローバル・ウィットネスは次のように報告している。
「フィリピンはアジアで最も危険な国である。ボビー、タタ、ニエヴェスが『デリカド』で率いる闘いは、ブラジル、カンボジア、コンゴ民主共和国など、世界各地で貴重な天然資源を略奪しようとしている企業や政府などと地域社会との闘いと同じである。」
またこうした悲劇はパラワンだけに限ったことではない、と本作の監督を務めたカール・マルクーナス氏は次のようにコメントを寄せている。
「2020年には世界中で227人が殺害されたと報告され、記録的な人数の環境活動家たちが殺されています。2015年のパリ協定以降、週に平均 4 人が殺されているのです。環境活動家たちは、気候変動による最悪の影響から地球を守る最前線にいます。」

時代と逆行したリゾート開発に立ち向かう政治家

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警察の腐敗に加えて、観光開発に対する政治的圧力も深刻な問題となっている。持続可能な世界を目指すSDGsやサステナブルツーリズムがうたわれている今、パラワンのような地域が目指すべき観光の形は自然と共生する「エコツーリズム」であるべきなのは明らかである。しかし、カメラがとらえる現実は人間の経済的利益のみを追求する時代とは逆行した現実であった。
ニエヴェス・ロセントは、2016年パラワンで最も人気のある観光地エルニドの町長に初当選した、長らく地元の環境保護活動を行ってきた人物だ。「故郷を破壊する者は許さない」と強い信念を語り、2019年の次期町長選挙へ向けて有権者へ支持を呼びかけるが、彼女の存在はロドリゴ・ドゥテルテ大統領(当時)にとって不都合であった。そのため、根拠のない名指しの非難や脅迫、そして妨害を受けることとなり、結果として選挙戦に敗北してしまう。
当選した対立候補は、環境保護を無視し経済的利潤のみを追求した過剰な観光開発を推進する人物だった。潤沢な活動資金を投じ有権者の票を買収したとの疑惑をかけられるも、本人は「政治家は誰もがお金を配っている」と語るのみであった。

「私の夢は、州知事になること。まずはその足掛かりとするためにも次の町長選挙では勝利したい」と逆境に立たされながらも政治の力で失われつつある自然を守り抜く決意を新たにしたニエヴェスだった。
【編集後記】旅人が考えたいこと
旅に出ることで、知らぬ間に人権侵害や環境破壊につながっていた。そんな悲劇には誰も加担したくないはずです。しかし、不都合な真実は巧妙なマーケティングやさまざまな圧力により覆い隠され、明るみに出ることは非常に少ないのです。
多くの社会課題に対し「まずは知ることから始めよう」と叫ばれています。違法業者の摘発の瞬間をとらえた隠し撮りの映像も使われているなど、現地の緊迫したリアルな様子も収められている本作を観ることを通じ、ひとりの旅人として自分に何ができるかを考えてみませんか。
『デリカド』2025年5月31日(土) シアター・イメージフォーラム他 全国順次ロードショー


フリーのライター/エシカル・コンシェルジュ。学生時代、100本以上のドキュメンタリー映画を通し世界各国の社会問題を知る。事務職を経て独立後、ソーシャルグッドに関連する記事を執筆。都会暮らしからはじめるエシカルな暮らしを実践中。
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