JTB秘書室シニアディレクター 熊田順一さんに聞く|旅の楽しみ方のカギは「セレンディピティ」にある

サスタビでは、サステナブルな旅を実践している方へのインタビューを通しこれからの旅を考えるための新しい視点をお届けしています。今回は、元国連世界観光機関(UNWTO)職員、サスタビアドバイザーでもある熊田順一さんにお話を伺いました。

熊田 順一さん
JSTi理事/(株)JTB秘書室シニアディレクター(国際関係統括)


訪日インバウンド事業で実践経験を積み、2014年から国連世界観光機関/UN Tourism(マドリッド)本部において日本人初の職員として勤務。UN勤務中にSDGsと観光の研究を開始し、JTB総合研究所において同研究を継続。内閣府SDGs官民連携プラットフォーム分科会において地方創生SDGs達成に貢献する観光分科会を主宰。
https://www.jtbcorp.jp/jp/sustainability/

旅の楽しみ方のカギは「セレンディピティ」。ガイド活用もおすすめ

― 国内外のさまざまなフィールドで活動されている熊田さんが考える、旅の楽しみ方や最近のご関心について教えてください

熊田:まず「偶然の出会い」や「思いがけない発見」を楽しむ旅のスタイルを指す言葉「セレンディピティ」をご紹介したいと思います。
セレンディピティとは、欧米では5〜6年前から旅行業界で議論が活発になり、SNS上の情報を追ってスタンプラリーのように観光地を巡るだけでは本当の満足感につながるのか、という問いから生まれた概念です。

実はこの考え方、1958年に「Travel and Adventure of Serendipity」として発表されており、バックパッカーの旅姿そのものがセレンディピティの連続だと言えます。
オンライン旅行サービスの普及により、旅行会社に依存せず個人で航空券・宿泊を手配する旅行者が増えたことで、ガイドブックやネット情報の通りに動く旅への違和感も生まれ、現地で得る生の情報や対話を重視する旅への関心が高まり、その価値も見直されているのではないでしょうか。

― では、セレンディピティを実践するためにはどのような旅の仕方をすれば良いのでしょうか

熊田:一番の近道は、地域の人に声をかけることです。具体的には、空港から乗ったタクシーでドライバーさんに景気はどうですか、という話から始まり、どのお客さんが来ているのか、どこに行っているのかを聞いてみる。特段難しく考える必要はなく、食堂のお母さんやお土産屋さんのスタッフなど、訪れた先々でコミュニケーションを楽しんでみて欲しいです。彼らが持っているのは、ネットには載っていない「生の情報」です。ガイドブックの情報は固定化されてしまいますが、地域の人の言葉はフローで動いています。

また、旅先でボランティアガイドさんを予約するのもおすすめです。観光地のハイライトを押さえてもらえるだけでなく、地域の暮らしぶりをお裾分けしてもらえることも魅力です。例えば地元のお祭りの話や、この地域ならではの日常といった、案内されないとわからない経験が蓄積されたローカルガイドならではの視点に出会えます。私自身も、特に家族旅行の時に活用していますよ。

地域の方々とのコミュニケーションや、ガイド活用両方に共通して言えることは「地域の人々がおすすめしたい、紹介したいと思っていることを重視する」という点にあります。そして、旅先は肩書きを外せるフラットな場です。一緒に旅行している人たちに「写真撮りましょうか」と声をかけて、「どちらから来たの?」と話せば、旅の仲間がどんどん増えていきます。

ベスト・ツーリズム・ビレッジに認定された国内4地域を訪問

ベスト・ツーリズム・ビレッジとは?
UN Tourism(世界観光機関)が実施する「Best Tourism Villages(ベスト・ツーリズム・ビレッジ)」(以下、「BTV」という。)は、持続可能な開発目標(SDGs)に沿って、観光を通じて文化遺産の保全や持続可能な開発に取り組む優良地域を認定するプロジェクトで、2021年から始まり、2025年までに全世界で236地域が認定を受けています。
このプロジェクトは、観光を通じて、地域の景観、知恵、生物・文化の多様性、産業といった地域が持つ様々な側面の価値の向上、保護を促進することを目指し、地域の優良事例を集めることを目的としており、観光庁としてもBTVの認定を推進しています。引用元:https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonkeikaku/jizoku_kankochi/jizokukano_taisei/torikumi/btv.html

熊田: 最近、ベスト・ツーリズム・ビレッジに認定されている国内4地域を訪問したのでご紹介したいと思います。申請は一市町村単位で行われますが、一つの村や町だけでは宿泊施設がなかったり、プロモーションで混雑が起きたりするため、隣町や隣都市との連携が不可欠です。ベスト・ツーリズム・ビレッジに応募する地域は、サステナブルツーリズムを推進してきた地域でもあります。認定されるということは、その地域が「守りたい何か」を持っていることの証明でもあるのです。

奥松島について

宮城県東松島市に属する奥松島は、松島海岸駅で知られる「松島」の反対側に位置します。表松島とは異なり、自然がそのまま残り、周囲に人工物が少ない風景が広がっています。

ハイキングやトレッキングを楽しみつつ、松島海岸から船で奥松島に渡り、一泊する滞在型の旅ができます。普段なら仙台に泊まって日帰りで松島を訪れる観光客が多い中、もう一歩踏み込んで島に滞在することで、滞在時間を延ばす新しい観光地としてのエリアづくりが進んでいますハイキングやトレッキングを楽しみつつ、松島海岸から船で奥松島に渡り、一泊する滞在型の旅ができます。普段なら仙台に泊まって日帰りで松島を訪れる観光客が多い中、もう一歩踏み込んで島に滞在することで、滞在時間を延ばす新しい観光地としてのエリアづくりが進んでいます。

また、地域の若手観光ベンチャーが展開する「美馬森 八丸牧場」では、馬との触れ合いを通じたホースマンシップ体験ができます。馬と信頼関係を築くことで人が癒されていくというコンセプトで、疲れた都市の人々が牧場に滞在し、馬と一日触れ合ってから日常に復帰するという、新しい形の観光が始まっています。

月山・西川町について

山形県の西川町は、出羽三山の一つ・月山のふもとにある雪深い山奥の町です。山伏や修験道の世界が観光の商材として打ち出されており、精神性の高いエリアとして知られています。
食は、素晴らしい水で育った山菜料理やヤマメ、イワナなどが中心。奥羽山脈の西川町には「清流・庭園・山菜料理 玉貴」というとてもおしゃれな山菜料亭があり、ガストロノミーの観点からも世界に知られている隠れた名所です。一泊二食で一万円という価格も魅力的で、アユの塩焼きが添えられるなど、これでいいのかと思うほどの価値があります。

白神山地で有名な世界最大級の原生林ブナの木ですが、実はこの西川町の月山の中にも大量のブナが生育しており、世界遺産に行かなくても原生林を間近に見ることができます。
さらに、出羽三山の修験道の巡礼の道が開かれており、スピリチュアルな体験も可能です。

また、地元のDMO「月と山」が起点となり、ダブルサウナやカヤックなど、若い世代が頑張るアクティビティも展開されています。

山古志地域について

新潟県長岡市の近く、山古志村は日本の農業遺産に登録された地域でもあります。棚田の風景と錦鯉の養殖で有名で、錦鯉が世界各地で飼われるようになった今、小さな村でありながら海外からも訪問者が来るインターナショナルな地域となりました。
興味深いのは、棚田を池に変えて「棚池」とし、夏だけそこに錦鯉を放して大きく育てるという伝統的な知恵です。この棚田・棚池の体験プログラムが提供されており、DMOも力を入れて集客を図っています。

中越地震で壊滅的な被害を受けた歴史を持ちながら、復興支援を経て観光の部分でも再生を果たしています。歴史ある闘牛の文化や、近年ではアルパカも有名だったりと、家族向けのプログラムも充実しています。
また、アメリカ人住職がいるお寺があり、海外ツアーの受け入れも行うなど、地元の方と外国人の住職がコラボレーションするという、街が変化していく面白い事例も体験できる場所です。

小豆島について

香川県の小豆島は、土庄町と小豆島町がそれぞれ観光を展開しており、今回紹介した東北のエリアよりも大規模に観光開発が進んでいる地域です。外資のホテルが観光施設を買い取って再開発に入る動きもあるようです。
小豆島は映画やアニメのロケ地としても知られ、『二十四の瞳』の時代から映画の舞台となってきました。近年ではアニメ『からかい上手の高木さん』が小豆島を舞台にしたことで、アニメツーリズムが新しい客層を創生しています。アニメのシーンをきっかけに地域のお祭りが再開されるなど、観光が地域文化の維持・回復のきっかけにもなっているのが印象的です

毎年10月には地域別に毎日場所を変えて行われる秋祭りがあります(11日から21日まで約10日間)。しかし人口流出で担い手が減っており、観光客が担い手としてお金を払って参加できる仕組みができれば、地域のお祭り維持にもつながるのではないかという構想も生まれています。

食分野では、酒蔵のレストランで酒粕を使った料理やピザが人気で、マルキン醤油蔵の佃煮ソフトクリーム(厚切り昆布の星形トッピング付き)も旅の疲れを癒やしてくれます。オリーブ牛や鯛など、地域の食材を味わえる民宿も魅力的です。

パッケージツアーがサステナブルツーリズム推進につながる

― サステナブルツーリズムの推進において、最近気になっているトピックなどおありでしょうか

熊田:個人旅行の自由度の高さは魅力的ですが、実は「パッケージツアーこそがサステナブルな究極のモデルではないか」と最近考えています。
その理由は、パッケージ旅行は時間通りに事が運び、待たなくて済みます。事業者さんは用意したものをきちっと紹介でき、その場に人も用意でき、無駄がないからです。人手もいない、資源も無駄にできないという観光地の事情を、旅行者はもっと知るべきです。

個人が自由に回ると、突然混み合ったり渋滞したりして、観光地の住民の日常生活が壊れてしまうケースもあります。例えば熊本の鍋ヶ滝では、CM撮影で大人気になった結果、狭い道が大渋滞となり救急車も入れない状態に。そこで熊本市全体で駐車場の予約システムを導入し、30分〜45分単位のスロット制にすることで渋滞を緩和しました。

こうした工夫が各観光地で積み重ねられていく必要があります。個人のお客さんも団体のお客さんも、事前予約の仕組みを活用して流れるように回ることができれば、それが「サステナブルツーリズム2.0」になるかもしれません。
一方で、家族みんなで楽しむ旅では、おじいちゃんおばあちゃんやお孫さん連れもいるため、予定通りに進む方が安心です。そういう場ではパッケージ旅行が果たす役割も、サステナビリティの重要な一部です。
旅の楽しみ方は一つではありません。エッジの効いた一人旅も、家族で賑やかに回るパッケージツアーも、それぞれがサステナブルな観光のあり方なのです。

また、9月前半には令和8年熊本地震により甚大な被害を受けた九州各地を訪問してきました。熊本は地震だけではなく、水害も大変な状況です。地震では観光面の被害はそれほど大きくないものの、直前の水害で給湯施設が全部流されたり、客室に水が上がらないといった課題に直面している事業者もいます。それでも限られた部屋数でサービスを提供し続けています。九州全体が風評被害で落ち込んでいる中、JTBでは10月から半年間、地方支社の九州全体の情報を公開していく計画を立てています。

旅は、人生を考える機会になる

― 本日は貴重な機会をありがとうございました!熊田さんの視点より新しい旅の楽しみ方の選択肢が広がりました

熊田:旅の最大の収穫は、見た景色や食べたもの以上に、自分自身の生活にどう繋がるのかを見つけようとするプロセスそのものかもしれません。
旅は、人生を考える機会になります。地域の人と対話し、その場の生の情報を取りながら歩く。ご飯を食べる以上のエネルギーになって、地球の素晴らしさや人々の素晴らしさを教えてくれる存在なのではないでしょうか。

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