あれもこれも、旅にする【前編】観光の「脱パッケージ化」

日常を、旅にする。

旅するように日々を生きよう」「日常生活のように、旅をしよう

こうしたスローガンはこんにち、サステナブルな観光/旅のあり方を考えるうえで重要になっています。

なぜ、重要なのでしょうか。それは旅や観光が、日々の制約や我慢から解き放たれた、自由で、開放的な感覚を私たちに抱かせてくれるものとして、ひろくイメージされていることと関係します。

つまり、「日常=生活、非日常=旅」という図式です。生活は日常に位置するものであるのに対して、旅は非日常にある。労働や学校、代わり映えの無い毎日の生活といった「日常」から離脱し、「非日常」の新鮮さや驚きを経験して英気を養い、日常へとまた戻っていく。「また明日から仕事頑張るかぁ」。

旅・観光がそうした側面を強く有していることは、まぎれもない事実だと思います。他方で、このように「日常生活と旅」を隔て、区分してしまう考え方は、「サステナブルな旅」の実現にあたってはしばしば課題を生んでしまいます。

その課題とは、端的に言えば「旅の恥は搔き捨て」という、よく知られたあの言葉に如実に表現されているものです。詳しいことは「「旅=非日常」はもう古いかも!?――「かっこいい旅人」は生活するように旅をする」という記事ですでに書いていますので、ごく簡単に振り返ります。

自由な感じや開放性からか、旅先ではしばしば気が緩んでしまいやすいものです。ひとつひとつの小さな「ついつい…」の気の緩みが、もしかしたら、いつもはできているサステナブルな取り組みを忘れさせてしまったり、普段気をつけているマナーや規範から逸れた行動をさせてしまったりすることもあるでしょう。

なぜ、旅先では気が緩んでしまうのか。「きちんとすべき=生活」と、「少しくらい逸脱してもよい=旅」の分離・二極化は、この点を論理的に説明してくれます。旅先でのバッドマナーや、サステナブルとはいえない行動に、ひいては、観光公害に遠からず結びついた観光の負の問題をもたらしてきた一因に、この二極化を挙げることができます。

では、離れ離れになってしまった「日常」と「旅」を再接近させれば、問題の解決につながるのではないか。そうした背景から登場するのが、「生活するように旅をしよう」というスローガンなのだと思われます。

伊豆半島・下田の『BY-THE-SEA(バイ・ザ・シー)』

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「旅」と「日常」の再接近。その2つの意味とは

「生活するような旅」。このスローガンには2つの意図が組み込まれています。

ひとつは、生活するときと同じような意識で旅の時間を楽しもう、ということです。旅先だから……と開放的になるのではなく、日々の生活の延長上にあるものとして旅を捉え、そのなかで最大限楽しむこと。これはサステナブルな旅を実践していくうえで根底にあるべき考え方でしょう。

もうひとつは、日常生活も旅のように楽しく過ごそう、というものです。ありふれていて、ただの繰り返しのように感じられるかもしれない日常生活も、ちょっとした工夫や意識で、旅のような楽しさのあるものへと変えられるかもしれない。そのようなねらいが込められています。

この2つの視点はどちらも旅と日常の再接近をめざすものであり、サステナブルな旅の実現と、サステナブルな日常生活の実現を同時並行で進めていくうえで鍵となる考え方です。

とくに後者の視点に着目してみましょう。日常生活を旅のように楽しく過ごすこと。それができれば(旅好きな人にとっては)たしかに楽しそうですね。しかし、ただ楽しいだけではありません。この視点は、私たちの旅・観光の観点を大きく広げてくれる可能性をも、もっています。つまり、いままでは「旅」として考えてこなかったようなコト・モノも旅として捉え返してゆく可能性を含んでいます。

「旅がある」から「旅をつくる」へ

日常生活を旅のように楽しむためには、誰かが用意してくれた「すでにある旅」に参加するのではなく、あなた自身がひとりひとり、目の前の現実を「旅にする」ことを試みなければなりません。

旅・観光は、「ある」のではなく、あなたが「つくる」ものなのです。

これが、今回から始まる「あれもこれも、旅にする」シリーズの核心的テーマです。従来型の観光や旅がさまざまな環境負荷や社会負荷をもたらし、それゆえにサステナブルな観光のあり方が求められているならば、そのカギは、既存の旅とは違う旅を「つくる」旅人ひとりひとりの実践に懸けられているといえるでしょう。

では、「旅をつくる」ためにはどうしたらよいのでしょうか。これを考えるために、今回は、従来の旅・観光を「パッケージ化されたもの」として捉えたうえで、その「パッケージの解体(脱パッケージ化)」を試みたいと思います。観光を形づくってきた既存の「パッケージ」を解体することは、そこから「旅をつくる」スタートラインになります。

「ある旅をする人=旅人」から「旅をつくる人=旅人」へ。一緒に考えていきませんか。

 

「パッケージ化」は大衆観光を下支えしてきた

あらゆるものを、旅にしていく。

そのためにまず、これまでの旅や観光をめぐるイメージや定義を振り返ってみたいと思います。旅とはなんなのか。何をすれば、観光なのでしょうか。ここで鍵となるのが、「パッケージ」という言葉です。

観光の起源をめぐる説明はさまざまありますが、大衆観光、すなわち多くの人びとが比較的容易に観光を楽しむことが可能になってきたのは、1960年代以降のことです。

日本では新幹線の開通や大型ホテル・旅館の全国的な展開、ジャンボジェットによる国際線の展開、また政策レベルでも、観光資源の保護や利活用をめぐる整備などがこの時期から急進し、いわゆるマス・ツーリズムが実現していきます。

このあたりを詳しく学びたい方は、たとえば大橋・橋本・遠藤・神田編(2014)や、山下編(2011)をチェックしてみてください。詳細は本記事下部の【参考文献】へ。

こうした流れをみると、観光は、それを可能にするための移動手段や、宿泊施設等の整備、観光資源をめぐる社会制度の整備、といったさまざまな事柄に支えられていることがわかります。言い換えれば、観光の歴史とは、観光をめぐるさまざまな制度や技術の組織化の歴史でもあるわけです(ある意味、当たり前のことですね)

それと当時に、大事な点ですが、観光という営みそれ自体も組織化されていきます。

「観光」を構成する、ひとつひとつの行為

観光という営み、それ自体の組織化。これはどういうことでしょうか。これを理解するために、次のことを想像してみてください。観光は、どんな行為で構成されているでしょうか。

思いつくままに挙げてみましょう。

・目的地に行く
・食べる
・見る
・写真を撮る
・歩く
・会話する
・乗る
・泊まる、寝る
・体験する
・買う‥‥‥

まだまだあるでしょう。でもここで立ち止まって考えてみてください。こうして挙げたひとつひとつの行為は、私たちにとっては普段から何気なく行っている行為・行動でもあるのではないでしょうか。普段から買い物もするし、写真もスマホで撮るし、何かを見たり、乗ったりしています。

じつは観光とは、そうしたひとつひとつのありふれた行為を目的地への移動と組み合わせた、「移動を含めた多様な行為の集合体」にほかならないのです(詳しくは門田 2021を参照してください)。本記事の言い方に変えれば、観光とは多様な日常的行為の「パッケージ」なのであり、旅行会社や観光産業によって、それらの行為の集合体が組織化され、意味づけられ、商品化されることによって社会に普及したのが、大衆観光だといえましょう。

ここまで理解できれば、あとは、解体です。観光地や旅の目的地にはそれ自体に旅を特徴づけるような決定的な魅力があることは事実ですが、旅や観光は「それだけではありません」。観光が日常的な行為の集合体だとするならば、私たちが日々実践している日常的な行為は、観光とつねに隣り合わせにあるということになります。

次回は、ここまで論理的に考えてきた「観光の脱パッケージ化」および「旅をつくる」実践について、もう少し具体的・実践的に見ていきたいと思います。

 

【参考文献】

大橋昭一・橋本和也・遠藤英樹・神田孝治編(2014)『観光学ガイドブック――新しい知的領野への旅立ち』ナカニシヤ出版。

門田岳久(2021)「遍在化する〈観光〉――フライトシェイム運動から近所の再発見まで」『RT』1巻、pp.16-24. こちらから誌面を参照可能です。

橋本和也(1999)『観光人類学の戦略――文化の売り方・売られ方』世界思想社。

山下晋司編(2011)『観光学キーワード』有斐閣

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    • はる

    「旅するように日々を生きよう」・・・とても素敵な言葉ですね。
    何気ない日常に彩りが添えられる気がします。

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