西表島に導入された「ガイド免許」地域が作るサステナブルな旅

 世界自然遺産に登録された西表島は、いま息を潜めて「ポストコロナ」の大波を待ち受けているかのようだった。

 

西表島に導入された「ガイド免許」

 長年お付き合いさせてもらっている太平洋の島が、自然と暮らしに調和した旅の受け入れをしようとしていて、その参考になればと、202112月に西表島を訪ねた。

 サンゴ礁に囲まれ、マングローブが密生する西表の自然環境は、私たちが知る南の島とそっくりだ。長年西表に住む専門家が、干潮時の河口に案内してくれた。マングローブがびっしりと岸辺を埋め、足元の深さ1センチもない水の流れには、体長3センチ前後の小魚が飛び跳ねていた。

 彼の胸には「免許証」が下げられていた。

 正式名は「竹富町観光ガイド免許証」。Taketomi Town Nature Guide Licenseとも表示されている。

▲ 島のあちこちでみかけたガイド免許制のポスター。

 これは204月から施行された「竹富島観光案内人条例」で定められた仕組みだ。

 対象となるのはいまのところ竹富町を構成する8つの有人島の中の西表島だけ。免許は、カヌーやトレッキングなどのガイドに必要とされ、法令遵守や救命救急の資格などが義務づけられている。無免許でガイドを行うと、町が指導勧告を行い、従わない場合は事業者名を公表する。全国でも珍しい制度だ。

 出発点になったのは、西表島への過剰な観光客の増加、つまり「オーバーツーリズム」だ。

 西表島には、年間30万人前後の観光客が押し寄せる。島の人口2,400余の100倍の規模だ。新型コロナウィルスが広がった20年ですら176千人が訪れている。

 

人気のカヌーツアーで大渋滞

 そこに世界自然遺産への登録が重なる。

 03年に国の検討会で琉球諸島が候補地とされて以来、運動が重ねられ217月のユネスコ世界遺産委員会で奄美大島と徳之島、沖縄本島北部とあわせて西表島の登録が決まった。

 大手観光事業者らは大歓迎で、「西表の魅力を満喫」というような宣伝文句が飛び交い始めている。もちろん世界に向けての英語でのツアー案内もネット上にあふれるようになっている。

 さらに近年はカヌーでマングローブの林を案内し、流れの奥にある滝に登るというツアーが急増。人気の滝に至る川筋には1日に100艇近いカヌーが押し寄せ、「渋滞」することまで起きている。

 上水道の能力からは、西表島が受け入れ可能な観光客は11,230人、年間で33万人との認識が、環境省や沖縄県、竹富町で共有されている。

 つまりは、もうこれ以上観光客の受け入れは無理という状態に達している。

 しかし、カヌーなどの自然体験型の事業者は増える一方。2010年には50とされていた事業者数は19年には130。いまでは140以上ともいわれる。

 「カヌーを数艇買ってきて、おしゃれなウェブサイトを作れば、それでカヌーガイドが始められる」と地元の人が説明してくれた。

 どこかの事業者のスタッフとして1年働けばノウハウも分かるので、すぐに独立していくという状態。海岸から河川をさかのぼるスタイルでのカヌーツアーが主流で、河口近くにカヌーを置くことが多く、そのカヌー置き場を巡ってのいざこざもあると、聞いた。

▲干潮時の浦内川河口。マングローブの木々が水辺を埋め、カンムリワシが甲高い声を響かせている。

▲浦内川を朝一番でさかのぼってくる観光船。新型コロナ前は、何百人という観光客が朝一番の連絡船で石垣島からやってきて、10隻近い観光船で仲間川のマングローブ林を往来、その引き波でマングローブに被害が出るというので今は速度規制がされている。

 

ガイドは「環境教育の担い手」

 こういった無秩序な動きへの対応のひとつが、案内人条例だ。案内人になるには地元の集落に居住し地域活動に参加していることが条件とされた。単に外部から乗り込んできて、観光客だけを相手に事業をする人たちには来てもらいたくない、という強い意思表示でもある。

 条例の第3条には、「案内人は、質の高い自然環境教育の重要な担い手でなければならない」と明記している。

 島でのツアーは、単なる物見遊山ではなく、自然環境教育である、という地域としての力強い発信だ。

 西表島は、1960年代にイリオモテヤマネコが発見されたことで大きな注目を浴びた。その中で、1970年代から地域の自然と暮らしを見つめ直す「西表をほりおこす会」が活動を開始。1990年代になると「エコツーリズム」への関心が高まり、地域でのヒヤリングや文献調査、動植物リスト作り、研修会などが進み、94年には西表島エコツーリズムガイドブックを出版、95年に西表島エコツーリズム協会が発足している。

 外部から多くの専門家が協力しつつも、住民がみずから自分たちの場所での「旅」の形を削りあげてきている。

 

旅は、地域の「おすそ分け」

 その動きが、案内人条例に発露したように見える。

 行政でもなく旅行業者の団体でもない、新しい形での西表島を育む組織として、「西表財団」の設立が目前になっているそうだ。基本財産と当初の運営資金、計2,000万円を目指した寄付金募集が進んでいる。

 今回の旅で出会った民宿のオヤジさんたちは、実はこの大きな流れの中で中核をなしてきた人たちであったことを、戻ってきてから知った。穏やかな口調の彼らがそろって発した言葉は、「旅人に提供するのは、西表の豊かさのおすそわけ」。

 人々がその地で持続可能な、そして豊かな暮らしを維持してこそ、来訪者へのおすそわけができる。西表島を舞台に人々が半世紀近くかかってたどってきた道こそ、持続可能な社会を築く足取りだったのだろう。

 地域が、「旅」というものを通してサステナブルな未来に向けて歩む、その過程を学ばせてもらった「旅」だった。

 

(プロフィール)

大前純一

 NPO法人エコプラス理事・事務局長。元朝日新聞社記者、asahi.com開設の責任者としてシリコンバレーを拠点に世界のメディアやIT企業とも付き合ってきた。1980年代に取材で訪れたミクロネシア連邦ヤップ島を舞台にした青少年の体験事業を、連れ合いでエコプラス代表理事の髙野孝子(現早稲田大学文化構想学部教授)とともに30年継続している。住まいのある新潟県南魚沼市を舞台にした農と暮らしの体験事業なども展開。夫婦自らも無農薬天日乾燥の稲作を手作業で継続、2021年で15回目の収穫を迎えた。持続可能な社会へのヒントを、人々が積み重ねてきた自然に近い暮らしの知恵や技から紡ぎだす活動をしている。

 

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