【前編】では、一般社団法人ツーリストシップ代表理事の田中 千恵子(たなか ちえこ)さんにオーバーツーリズム問題や観光の持つ力、観光における課題を解決するヒントを伺いました。後編の今回は、一般社団法人ツーリストシップの取り組みについて学びながら、ツーリストシップという言葉をさらに深堀りしてみたいと思います。こちらの前編からご覧ください。
一般社団法人ツーリストシップの取り組み①「世界中の常用語にしたい」
言葉から、変化は始まる
―前編では、観光者にも「観光者としての望ましい振る舞い方」があることについてお話いただきました。
田中さん:
そういった振る舞いがあることは、すでに誰もが何となく知っていたと思います。「観光中にはこういうことはしてはいけない」「地域の人やお店の人と接するときはこういう態度でいよう」といったことは、きっと観光中に誰もが一度は考えたり、経験したりしたことがあるはずです。でも、そのような心構えをうまく表現してくれる言葉がこれまで存在しなかったのだと思います。
―たしかに、みんなの心にあった考えであるものの、明確な名前はありませんでしたね。
田中さん:
ツーリストシップという言葉があるだけで、状況は変わります。指針になる言葉があれば、「ツーリストシップは私にはあるだろうか」「あの人にはあるかな」「あの振る舞いはツーリストシップではない気がする」といったふうに、自分や他者の振る舞いを表現したり評価したりできるようになります。
―目指すべき目標を「言葉」で明確化することの重要性はとても大きいですね。言葉があること自体が、こういった考えや指針が存在することの証にもなりますね。
田中さん:
また、ツーリストシップという言葉は対話を生むための共通の土台にもなります。「あなたのその振る舞い、ツーリストシップがあってすばらしいね!」「こういう振る舞いを私はツーリストシップだと思う」……言葉があれば、こうしてお互いの考えを示し合い、それを磨き上げていくことができるはずです。
―名前がついて、それが使われることでその存在に気づく。そうしたことは多々ありそうですね。
田中さん:
女子力、加齢臭、エモい……ツーリストシップもそうした言葉と同じで、新しい言葉は最初はよくわからないものだったとしても、人びとによって使われていくなかで磨き上げられていくと思っています。言葉を使っていくと、その言葉がない世界を想像できなくなるくらい入り込んでいくことができるようになるのだと思います。
―今では「女子力」という言葉を使わなければ表現できない何かがあって、また「エモい」と言わなければ伝えられない感情の機微がきっと存在していますよね。ツーリストシップという言葉も、ここまで話を伺っていると「どうしてこれまでこの言葉がなかったのか」と不思議に思えてきます。
ツーリストシップは旅の後の日常生活までつづく。
―一般社団法人ツーリストシップでは、ツーリストシップがかかわる4つの領域として、「旅前」「旅中」「旅帰り」「生活時」を提示しているのですね。
田中さん:
4つそれぞれで、重要なツーリストシップがあります。たとえば旅に行く前の段階である「旅前」では、事前に行く場所について勉強したりすることが大切です。
―「生活時」とはどのような内容ですか?旅から帰ってきた後もツーリストシップが関係するのでしょうか。
田中さん:
普段の生活をしているときも、じつはツーリストシップが大切です。旅行者としておもてなしを受けたなら、今度は自分の地域に来る旅行者におもてなしを返そう、という想い。それが普及すれば、住民であっても旅行者としての心構えを持てますし、旅行者であるときも住民の気持ちを考えることができるようになると思います。そうしてお互いに尊重していく心が大切で、その礎になるのがツーリストシップです。
―自分が旅をしている時間と、旅の後の日常生活の時間は繋がっているのですね。旅人と住民、一人ひとりがその両方の気持ちにたって旅や観光のことを考えることができるようになれば、「旅人にとっても住民にとっても、両方にとって楽しい観光」が創造(想像)できるようになる。そのような気がしてきました。
旅の時間と日常生活の時間のクロスについて、コチラもぜひ↓
取り組み②ワークショップと「リアルすごろく」
―一般社団法人ツーリストシップでは、具体的にどのような取り組みをされていますか?
田中さん:
京都や大阪を中心としてさまざまな取り組みをしてきました。とくに修学旅行に行く学生への講習会・ワークショップと、イベント出店で実施する「リアルすごろく」は、2023年はさらに活発に取り組んでいく予定です。
―まずは講習会やワークショップについて教えてください。
田中さん:
修学旅行に行く小・中・高校生に対して講習会を学校で開催し、「どうやったら観光地というカッコイイ場所で”カッコイイ旅人”になることができるか」を学生と一緒に考えてきました。ツーリストシップについて説明をしたり、高校生には「自分なりのツーリストシップを考える」ワークショップを開いたりしました。
―修学旅行生への講習会は、これからの旅や観光の将来を担っていく若い世代を育んでいますね。「リアルすごろく」についても教えてください。
田中さん:
地域のイベント開催時に出店してきたもので、「ツーリストシップリアルすごろく」といいます。主な対象は、小学校低学年くらいの子供と、一緒に来ているお父さんお母さんの家族です。子供自身がコマとなって、各マスに用意された「ツーリストシップクイズ」を解きながらすごろくを進んでいきます。
―クイズはどのようなものがありますか?
田中さん:
たとえば、「北極圏の国ではトナカイのオーナーに、所有するトナカイの数を質問してもよい?」といった○×クイズです。クイズに答えると、「答えは×。トナカイは人々の財産でもあるので失礼にあたります。海外では日本とは全然違う文化があるので、ぜひ先に調べてから行ってみてください」といったように、回答と解説を係りの人が説明します。
―面白いですね。すごろくとクイズについて、ねらいなどをもう少し聞かせてください。
田中さん:
旅や観光のマナーについてこれまで特に意識してこなかった人たちに、遊びをつうじて楽しくツーリストシップに関心をもってもらいたいと思っています。ただ、遊びと真面目とのバランスをとることが難しくて、たくさんの試行錯誤を経てすごろくのアイデアにたどりつきました。ちなみに、クイズは意外と子供の方がすんなりと正解したりするんです。その解説をお父さんお母さんと一緒に聞いてもらって、家族旅行のときや、すごろくで遊んだ子供がいつか旅に出る年齢になったときに、ツーリストシップについて思い出してもらえたらと思っています。
―一般社団法人ツーリストシップの取り組みは確実に、将来の観光と社会にとって大切なものを私たちに教えてくれていますね。今後はどのような取り組みをされますか?
田中さん:
今までは地域主催のイベントへの参加がメインだったので、旅行者というよりも地域住民を対象にしたイベントが多かったです。今後は観光地でもゲリラ的に出店して、実際の観光の最中にいる旅行者に向けて活動をしていきたいと考えています。
―旅先で「ツーリストシップ」という言葉を見つけたら、みなさんぜひ立ち寄ってみてほしいですね。
ツーリストシップについては、Instagramでも発信されています。#ツーリストシップ でもぜひ検索してみてください!
磨き上げていくのは、一人ひとり。言葉と振る舞いの多様性について
言葉はたくさんあっていい。
―これまでの観光のあり方を問い直し、未来の地球社会のために「よりよい観光」を作っていこうとする動きが世界中で高まっています。それにつれて、「責任ある旅行者」や「リテラシーのある観光」「持続可能な観光」「エシカルな観光」など、「よりよい観光」を志向するじつにさまざまな「言葉」が生まれてきました。サスタビでも、サステナブルな旅を実践する旅行者のことを「かっこいい旅人」「サステナブルな旅人」と表現しているのですが、他方で、たくさんあって違いが分からない!結局どの言葉が大切なの?と思われる方も多いです。この点はどう思いますか。
田中さん:
私は、言葉はたくさんあっていいと思います。たとえば赤という色を表す言葉でも、赤色、朱色、ワインレッドなどいろいろあります。
―確かにそうですね。
田中さん:
「赤」だけでいいのにどうしていろいろと種類があるのかというと、やっぱり朱色とワインレッドって違うじゃないですか。でも、同じ「赤」でもあって、同じ機能をすることもあれば違う機能をすることもある。「友達」もそう。ダチとか、親友とか、いろいろな言葉があって、使われて、それによってイメージがどんどん湧いていく、深まっていくものだと思うんですよね。
―よりよい観光をめぐる言葉はたくさんあるけれど、どれかひとつに統一する必要はなく、むしろたくさんあるからこそ磨かれていくということですね。一人ひとりが自分に合った言葉を使って、表現し、実践していく。そうして「言葉」を比較したり、すり合わせたりしていくことで、全体としての「よりよい観光」が色鮮やかで豊かなアイデアになっていく可能性があるのですね。
具体的な振る舞いはケースバイケース
―言葉をめぐって、ほかに注目すべきことはありますか?
田中さん:
「ツーリストシップ」も「サステナブルな旅」も、その抽象的な言葉を一人ひとりが具体化していくことが大切だと思います。ツーリストシップも訪れる場所によって、あるいは時期や状況によって、そのとき必要とされる振る舞いや心構えは変化します。たとえば京都のツーリストシップと山口で活かされるツーリストシップは違います。
―どういうことですか?
田中さん:
観光客が少ないところと、観光客がたくさん訪れる場所でも必要なことが違ってきます。たくさん来るところは、簡単な質問をしても店員からしたら毎回同じことを聞かれているので、スピーカーのように返答しなければならないですよね。それはつまらないし、聞いた側も「なんでこんな適当な反応なの?」となってしまいます。でもニッチな観光地だとちょっとした質問でもいい会話・交流につながりやすいです。田舎や観光客が少ない場所は下調べせずに行った方が楽しいかもしれないですし、反対に人気な観光地では下調べをして「ひねった質問」をしたほうが、「そんな質問する人いままでいなかった!」と仲良くなるきっかけが生まれるかもしれません。
―ツーリストシップは具体的にすべきことが決まっているような、マニュアルのようなものではないということですね。
田中さん:
そうですね。ツーリストシップには、旅行者も観光地の人びともみんなが楽しく共存共栄でいられるような観光をするという共通の心構えが、根底にあります。一人ひとりが「これから行く場所ではどんなことがツーリストシップだろうか」と考えながら旅をし、それぞれのケースバイケースでそのつどツーリストシップについて考える。その繰り返しのなかで自分のツーリストシップを養っていくことが大切です。
住むと訪れるが交わる社会へ。
―田中さんは、ツーリストシップをつうじて何を目指していますか?
田中さん:
「住むと訪れるが交わる社会」の実現です。観光客と地域住民という、これまですれ違っていた者たちが、ツーリストシップについてともに考えるなかで手をとり合える社会。旅をする人も楽しいし、地域の人も喜びを得ることができる、そんな観光の実現を目指すことがこれからの未来では「当たり前」となっていくはずです。しかしこれまでは、それを真に望んできたのは行政ばかりで、住民や旅人は自分たちの楽しさだけを求めてきたところがありました。旅をするという「はじめの一歩」を踏み出した旅行者側がまずツーリストシップを学んで、そして旅から帰ってきた後もツーリストシップを持ちつづけることができるようになれば、今度は住民の立場で旅行者を受け入れることができます。そうして両方が交わっていく社会の実現を、まずは旅行者側へのアプローチから進めていきたいと思って活動しています。
一般社団法人ツーリストシップ代表理事の田中 千恵子さんのお話でした。なぜこれまでツーリストシップという言葉が存在しなかったのかと驚くほど、そこにはこれからの観光をめぐる大切な考え方がつまっていました。
観光地という素敵な舞台で自らも素敵に振る舞うために、一緒にツーリストシップを育てていきましょう!
興味を持たれた方はぜひ、一般社団法人ツーリストシップ(旧 一般社団法人CHIE-NO-WA)のホームページもチェックしてみてください!
田中さんの著作はコチラから!
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