オーバーツーリズム解説!【中編】「ボトムアップ」の試行錯誤を

この記事は前回の続きとなっています。前回をまだ読んでいない方は、ぜひこちらからご覧ください。

「オーバー」の基準

オーバーツーリズムと密接に関わるキーワード「キャリング・キャパシティ」。この言葉は、観光地に同時に訪れることができる最大人数の許容量を示しています。このキャパシティを超える数の観光客が来訪してしまうと、地域が対応しきれずにさまざまな問題を生んでしまうと同時に、来訪する観光客も混雑等によってその観光の満足度を著しく損なってしまうことになります。

それを防ぐために、観光地や地域ごとに適切な「キャリング・キャパシティ」を見極め、設定していくことが観光政策や地域政策の文脈において重要な課題となっていると言えるでしょう。

しかしその基準を定めることは、簡単ではありません。当然、地域や観光地にはそれぞれ固有の文脈があり、環境があり、政策や制度があります。そのため、ある地域で効果的であったキャパシティの基準がそのまま別の地域においても適切に機能するかどうかは、決して定かではないのです。キャリング・キャパシティを見極めるためには、それぞれの地域や観光地の固有性をしっかりと検討し、あくまで個別具体的な基準を模索していくことが求められます。

地域の「さらに内側」にも流動性と多様性が。

さらにいえば、個々の地域や個別の観光地という括り方も「まだ大きい」可能性があります。

まず、ひとつの地域/観光地に限ってみても、その場所にどれだけの観光客が訪れても平気かどうかという基準は、たとえば季節や時間帯、天候によっても左右されてしまうことが予想されます。花見や紅葉の名所のように季節に応じてガラリと景観や混雑具合が変わってしまう観光名所もありますし、時間帯に応じて来訪者数が大きく変動する場所もあることでしょう(夜景名所など)。

また、その地域や観光地の周辺にどのような地域や観光地が所在しているか、という点も実は関係します。たとえば寺社仏閣巡りが有名だったり、複数の観光スポットが近接している鎌倉の場合、個々の寺社仏閣や商店街、施設のキャリング・キャパシティと、鎌倉というひとつの地域におけるキャパシティという、ミクロとマクロ双方のキャパシティに目配せする必要がありそうです。

観光スポット同士の影響関係もあります。あるひとつの寺院が混雑回避を目的に観光客の人数制限を実施したとき、そこを訪れようとした観光客が近隣の寺社仏閣や飲食店へと流動していくことで別の場所の混雑を生んでしまう、というケースも想像できます。こうした場合には、寺社仏閣や近隣観光スポット、飲食店のあいだで一定の連携を図っていく必要がありますし、キャリング・キャパシティも一枚岩な基準では到底対応できないでしょう。

紫陽花の時期、大混雑の鎌倉・明月院(2023年6月10日筆者撮影)

「地域」の内側にはさらに一人ひとりの「人」が多様に生活していることも忘れてはいけません。これは言い換えれば、観光客のキャパシティは、ひとつひとつの施設(飲食店や商店、宿泊施設)ごとに異なりうるし、さらにいえば「一人ひとり」観光客に対する考え方や向き合い方も異なっている可能性があるということです。とくに住宅街などの日常生活の空間では、その場所に観光客が(たとえばカメラを抱えたりスマホで動画を撮ったりしながら)やってくることそれ自体にストレスを感じたり、日常の移動や活動に支障が生じたりしてしまうことも考えられます。

先ほど例にだした鎌倉をもう一度挙げれば、食べ歩き等で非常に人気のある「小町通り」は閑静な住宅街とまさに隣接している場所です。観光客は食べ歩きの際にしばしば、人混みのある小町通りから脇道に逸れて、住宅街を歩きながら物を食べたり飲んだり、写真を撮影したりしています。小町通りから文字どおり「はみ出してしまう」そうした観光のあり方についてキャパシティの問題を考えようとするとき、当然小町通りのことだけを考えるわけにはいきませんよね。キャリング・キャパシティを検討するためには、こうした地域や観光地の「さらに内側」に分け入り、地域の多様性や複雑な側面をしっかりと考えようとする意識が必要不可欠なのです。当然、キャリング・キャパシティの基準や関連政策も、柔軟かつきめ細やかなものを検討していく必要があります。

地域と人に応じた「ボトムアップ」な振る舞いも

今見たように、個々の施設や個々の「人」にそれぞれのキャリング・キャパシティがあるとすれば、きめ細かな政策や「上からの基準」だけでは対応に限界があるかもしれません。そうなると、観光客/旅人の一人ひとりが「下から」キャパシティの問題と向き合い、対応していこうとする構えをもつことが必要となってきます。

観光客と旅人に求められているのは、政策や施設が決めた「人数制限」や「時間制限」に従うことだけではありません。自分が来訪し交流するひとつひとつの施設や「人」と向き合い、その場所に応じた適切な振る舞いを模索し実践していくことにほかなりません。

「これから泊まる宿は従業員が何人くらいいるのだろう」「この店主は一日に何人の観光客の応対をしているのだろう」「この時間帯にあのお店に行ったら迷惑だろうか」……そのような想像力を働かせたり、地域の人とやりとりを重ねながら見極めたりしていこうとすることが大事になってきます。

ある観光地や地域に行く前に、その場所の混雑具合を完璧に把握することはまだまだ技術的にも難しいところがあるかもしれません。それゆえに、「来訪した場所が予想外にも混雑していた!」なんて場合も旅や観光では不可避に生じてしまうと思います。そうした状況をなんとか回避しようとすることは当然大事ですが、それと同じくらい、「その場所でどのような振る舞いをするか」をその場所で考えてみることが大切ですね。

キャリング・キャパシティがそもそも地域や観光地に応じて多様に模索されるべきものであるのと同じく、観光地における「旅人の振る舞い」もまた、地域や観光地そして「人」に応じて多様に模索されていくべきものだと思われます。旅の前の情報収集、旅の道中での地域の人との関わり、そして旅の後の振り返りを経て、その力を磨いていくこと。旅を重ねながらその意味で「旅が上手くなっていく」こと。オーバーツーリズムの予防や対策には、旅人一人ひとりのそうした粘り強く、地道な試行錯誤もまた必要なのだと考えます。

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