ポジティブ・サステナビリティ【後編】「体験」はなぜサステナブルなのか

「減らす/保つサステナブル」から「つくるサステナブル」へ:ポジティブ・サステナビリティのおさらい

現状維持や、自らの観光移動によって生じる環境負荷を可能な限り「ゼロマイナス」に留めようとするサステナビリティからもう一歩踏み込み、プラスの価値を積極的に生産していくことを目指す「ポジティブ・サステナビリティ」。これについて、今回は具体例とともに考えてみましょう。

「減らすサステナブル」および「保つサステナブル」から、「つくるサステナブル」へ。負の影響をなくすだけでなく、自分の旅によって旅先に何か「プラス」をもたらすこと。旅をしながら、旅をつうじて、旅先の社会をよりサステナブルにしていくために、旅人には何ができるでしょうか。地域について「地域の人びとの目線に立って考える」ことや、地域の諸課題を「自分事」として考え、自分にできそうな活動を探してみることなど、まだまだ旅人にできることはあるはずです。

この【後編】では、旅先で「体験」に参加してみることに、じつはポジティブ・サステナビリティにつながる重要な可能性が秘められていることについて、書いていきたいと思います。

旅先での体験。これまで何か経験がある方は、ぜひ当時のことを思い出しながら読み進めてもらえたらと思います。

体験と文化:文化をサステナブルにするために

体験は、「文化」と深く結びついています。

陶芸体験、リバー・ラフティング、釣りや農業体験‥‥‥旅先で体験することのできる多くの体験/アクティビティは、その地域がこれまで培ってきた文化や風習、あるいは風土や自然と結びついています。ほかにも、地域のお祭りや行事、芸能を観に行ったり、地域の食事を食べてみたりすることも、広い意味で「地域の文化に触れる体験」ですね。

伊豆稲取の「雛のつるし飾り」

「ニコニコ会」によるつるし飾りづくり体験

・人生の風を待つ場所、伊豆稲取の体験レポート

・稲取の暮らしを旅する東伊豆の宿 湊庵 錆御納戸 スポット紹介

文化とは、ひとつの説明の仕方としては、日々の生活や風習、営みの蓄積だと言うことができます。物の呼び方、作り方、食べ方、自然との関り方、お祭りでの歌や踊りに、太鼓の叩き方。挙げると尽きませんが、日常的な営みから、特別な日に催される行事に至るまで、文化は関わっています。若干の問題を抱えてはいるものの有名な定義として、とある文化人類学者は「文化そして文明とは、そのひろく民族誌学的な意味において理解されているところでは、社会の一員としての人間によって獲得された知識や信念、芸術、法、道徳、慣習や、その他いろいろな能力や習性を含む複雑な総体である」*1と述べてもいます(Tylor, 1920:1)。今回の記事におけるポイントは、「社会の一員として」と「複雑な総体」という2点です。

*1 原文:CULTURE and Civilization, taken in its wide ethnographic sense, is that complex whole which includes knowledge, belief, art, morals, law, custom, and any other capabilities and habits acquired by man as a member of society.

文化が生きられたものとして維持されるためには、その担い手がいて、文化が反復・蓄積される必要があります。ようするに、繰り返される必要があります。そうでなければ、それは「歴史」となるか、あるいは博物館などで保存されるか、といった方向性となるでしょう。また「焼き畑」のように、文化的な営みと自然とが不可分に結びついていて、人間が手を加えることによって自然のサイクルが理想的にまわるような環境では、人間の手が止まることによる自然の変化もまた生じることと思います(それが善いことか悪いことか、その価値判断は、ここでは留保します)。

湊庵スタッフ藤田翔氏の記事より引用

・写真にある細野高原山焼きレポートについてはコチラ

・細野高原ハイキングツアーに関するサスタビ記事↓

こんにち、人口問題などを筆頭として、地域の文化的風習や「伝統文化」と呼ばれるものの担い手不足がひろく課題でありつづけていることもあって、文化の担い手をいかに維持し、文化を生きられたものとして「サステナブル」にしていくかが問われています。

観光や旅における「体験」や行事への参加は、この課題解決の糸口となると考えられています。体験活動が実施されることそれ自体が、文化の繰り返しの一端となります。また体験を通じて地域への理解を深めたり、愛着をもったりすることによって地域のファンやリピーターとなり、将来的な文化の担い手になっていく可能性も期待されているでしょう。先ほどの文化定義でいう「社会の一員」が人口問題によって不確かになっているこんにちにおいて、旅人や観光者というヨソ者が、いかに「社会の一員」を担うことができるのかという問いが突きつけられているのです。

体験のたびに、文化は再び始動し変化する

ここで素朴な疑問が浮かぶかもしれません――文化の体験が文化の維持に役立つことはわかった。でも、「文化を繰り返す」ことと、ポジティブ・サステナビリティとして「文化をつくる」ことは違うのでは?

この疑問にお答えするならば、まず「反復は、同じことの繰り返しではなく、じつは変化をもたらす」ということができます。そして、その変化を帯びた繰り返しという点に、「つくる」という創造的な要素が関わるのです。

たとえば代表的な例として、観光客向けに披露される地域の「伝統芸能」や舞踊に注目した観光研究は、観光客が喜んだり期待したりしている要素を地域側が認識し、その外部の「まなざし」に応じて自分たちの舞踊や芸能を変化させていくという例を、数多く報告しています。また、そうして観光客を意識することをきっかけに、地域の人びとが自分たちの文化を再確認したり、改めて捉えなおしたりすることもあります(ちなみに、このようにして自らの文化を客観的に捉えなおし、それを変化させたり、創造したりすることを「文化の客体化」(太田, 1993)と呼びます)。

観客がいると、どうしても観客を意識した振る舞いや行為をしてしまいますよね。それと同じで、文化の「上演」では、観客=観光客もまたそのプロセスに関わっているのです。また、そのようにして自らの文化に意識的になるきっかけが、観光客や旅人の来訪のたびに訪れるとすれば、それはすなわち文化がそのつど(単なる繰り返しではなく、微々たる変化を蓄積させながら)再始動しているということでもあります(ここでの私の説明は、ジュディス・バトラーという研究者による「パフォーマティヴィティ(performativity)」(バトラー, 1990=2018)という概念を念頭においていることを付記しておきます)。

「ニコニコ会」によるつるし飾りづくり体験(2)

 

また、陶芸体験や、たとえばガイドさんとともに地域の自然を見て歩くツアー体験などには、もうひとつ、旅人/観光客をきっかけとした文化的再始動の可能性があります。というのも、それらの体験は地域の文化の担い手の人びとがヨソからやってきた人に自らの文化とその知識や技術を教える機会でもあり、教えることをつうじて自身の文化や知識、技術が維持・継承・再生産されるきっかけでもあるからです。

しかも毎回訪れる旅人/観光客は異なりますから、ガイドや教える人も毎回全く同じことを、同じように教えるわけにはいきません。その都度異なる質問も出るでしょうし、旅人のリアクションも異なるでしょうから、「体験」はシナリオを持ちつつも、完全にその通りには進まないのです。シナリオや台本はあるが、どこか不可避に「即興劇」のようでもある。それが、旅人と地域の文化の担い手の人びととが交わる「体験」の舞台にほかならないのです。

つるし飾り

体験に参加して、文化をサステナブルにしよう

旅先で体験に参加すること。そこには地域の文化を「つくる」大切な契機があったのです。体験に参加することは、単に旅人が地域の理解を深めたり、普段はできないことを経験できたりするだけではなく、地域の文化に対してもポジティブな影響を与える可能性があるということです。

地域の人びとが文化を見つめ直し、それを再始動させ、創造していくきっかけを、旅人は地域の人びとと協働的につくることができる可能性があります。

こう言ってよければ、旅先で「体験」に参加することは、一時的にせよ旅人自身がその地域の文化の担い手となることであり、そして、地域の人びととともに文化を再始動させることなのです。

伊豆稲取・細野高原からの眺望

つねに変化しながら、ゆるやかに維持されていく文化。先述したTylorの文化概念における「社会の一員」は明らかに特定の地域の住民や集団を想定したものであり、外部からやってくる一時的な訪問者は文化のソトに置かれてきました。しかし人口問題などが露見しているこんにち、旅人がいかにポジティブなかたちで、地域の諸課題に「社会の一員として」加わることができるか、貢献することができるかという問題を考えることは、きわめて重要なことだと思われます。

今回は、そのように「一時的な訪問者に過ぎない」観光者や旅人が地域のサステナビリティに関与し、マイナスの影響を与えないだけでなく何かプラスの貢献をもたらすような「ポジティブ・サステナビリティの旅」を実践していく重要性と可能性について、「体験」を一例に考えてみました。ほかにも旅人にできることがないか、一緒に考えていきましょう。

併せてこちらの記事もどうぞ

・「文化」とサステナビリティの関係についてもっと知りたい↓

・地域の人びとや「ホスト」と旅人との関係性について考えたい↓

・「地域」「ローカル」について考えてみたい↓

【参考文献】

バトラー・ジュディス(1990=2018)『ジェンダー・トラブル―フェミニズムとアイデンティティの攪乱 新装版』竹村和子訳、青土社。

太田好信(1993)「文化の客体化:観光をとおした文化とアイデンティティの創造」『民族學研究』57(4):383-410.

Tylor, Edward B. (1920). Primitive culture: researches into the development of mythology, philosophy, religion, art, and custom (Ed.6. Vol.1). Murray.

 

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